2019~

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  • 突き放す

    「もう……俺のことは、放っておいてくれ」 そう言った背中は、いつか見たような孤独にまみれていた。

  • 焼き付ける

    命を燃やすという表現は、しばしば戦いの場面において使われる。もちろん机仕事にだって使うことはできるが、より情景が伝わるのは武力のぶつかり合いというものだ。だからって文字通り自分の血を熱に変えるような戦い方をする人間は、この世界にもそうそういないだろう。

  • 持て余す

    飛び込んできたのは、ひとりの少女だった。執務室の扉は基本的に誰でも入れるようにしてある。それはドクター自身が許可したからだが、こうして子どもが来るようなことは予測されていなかった。ロドスという組織、艦船のつくりでいえば、あり得ないということも無かったのだが。

  • 呼ぶ

    「アルバート、昼食いに行こう」 よくよく思い出せば、同じ職場の同僚としてなんとなく仲良くなった頃から、俺の名前を呼ぶ姿はどこかそれだけで嬉しそうだった気がする。

  • 受け入れる

    その腕に包まれると温かくて、すべてを肯定されるような気分になる。つくづく温もりというのは不思議だ。それ自体で人を安心させてしまうし、それを得るためにはある簡単な行動だけで良かったり、時折その簡単なはずの行動がとても難しく感じたりする。

  • 気にする

    「この戦争が終わったら、何するかって。考えたことあるか?」 ずきり、と胸が痛んだ。そんな風に考えたことはない。すべて奪われたあの日からずっと、戦場で生きるということしか頭になかった。

  • 輝く

    鉱石は、この世界で旅するにあたり非常に重要な採取物だ。各所に自生している植物は食料にはなるが、武具にはならない。とりわけ武具の中でも不思議な力を持つ、装飾品の主な材料となるのが鉱石だった。

  • 茶化す

    「やあ、ドクター」 ウユウは神出鬼没だ。と言っても、このロドスで特殊オペレーターとして働いている人たちはだいたいそうで、彼が特別というわけではない。

  • 撫でる

    「良い子だな、ロウは」 冗談めかした口調で、わしわしと髪を撫でくりまわされる。見上げる表情は朗らかに笑っていて、いつもの険しい顔や少し悲しげな顔よりずっと良い。

  • 振り回す

    「どうしても見せたいものがあって」 そう言って、奴は俺を連れて出かけた。こういう形で奴が俺を外に連れ出すことは珍しくない。

  • 悟る

    彼が人間だったら、と考えることはもちろんある。自分の兄だったら、なんて思ったときもあった。兄というのはどういう存在なのか、第一王子という身分だったものとしてはあまり想像がわかないが。

  • 秘める

    ……何を、隠してる?」 「どうしたんだい、急に。何も隠してなんかいないよ」 「別に。少し、思っただけだ」

  • 手に入れる

    それは思わぬ収穫だった。元々色良い返事を貰えるとはつゆとも考えていなかったのだ。だから思わず呆けてしまって、不機嫌な声が投げられた。

  • 掴む

    ……もう少し、もう少しで……」 戦術シミュレーションシステムの画面を前にして、男は唸っていた。あとひとつ、何かが足りていない。上手くいかない。

  • 嘯く

    詩が聴こえた。ふと見上げると、わざわざ登ったのか、四角い建物の屋根に男が腰掛けている。 「珍しいですね」 「ん? ……ウリエンジェか。お前こそ」

  • 妬む

    羨むということは、どこまで行けば妬みになるのだろうか。所謂普通の人間の生活を、羨ましく思ったことはもちろんある。妬ましいというほどではない。俺が失ったものは、どうあっても戻りようがないからだ。

  • 飽きる

    ……寝るのも飽きたなあ……」 自覚してしまうと、それこそ目が冴えてしまって眠れない。気だるい身体で寝返りをうつと、やたらと仰々しい計測装置の群れが視界に入った。目を閉じる。

  • 狙う

    狙いが正確だ、と彼は言った。正しくは、狙っている、という自覚はない。決められた場所に銃口を向けて弾を引き金を引けば良いだけだ。

  • 失う

    伸ばした手の先にあるものが、悉くその手をすり抜けては、どこかへと消えていく。掴んだかと思えば、弱々しい光を放って、最後にはそれもまた消えてしまう。

  • 選ぶ

    「取捨選択というものは、知能ある生き物にのみ許されたそれ自体が便利な道具だ」 くるりと手の中のペンを回して、何かしらメモに書きつけながら男は言った。その端正な顔には冷酷な笑みが浮かんでいる。

  • 甘える

    肩に少しの重さが掛かる。珍しいな、と下りていた瞼を上げると、当の彼は目を閉じていた。短く切られた髪は風呂上がりに乾かしたばかりなのでふわふわしていて、撫でてやりたくなる。

  • 攫う

    その鮮烈な姿に視線を奪われたことを、いまでも覚えている。彼が故郷で学んだという剣術、あの閉塞的な国家にもこんなに美しいものが残っていたのだと、僕は今更ながらに感じたものだ。

  • 悔やむ

    自分の行いを悔やんだことはない。ただ、もう少し早く動けていれば、あと一歩踏み出していれば、と思うことはある。そうしていれば、よりスマートに事を成すことができた。それはただの反省であり、後悔ではない。サルカズが自らの行いを悔やむことはないのだ。

  • 縋る

    ふと不安になることがある。日々に不満はないし、それどころかこうして時折戦いに出たりはするが平和に暮らせていることは、感染者の自分にとってこの世界では得がたい幸せだと思う。

  • 絆される

    長らく、その気持ちがなんなのか理解していなかった。少し悔しいような、それなのに嬉しいような不思議な感覚。ともすれば泣きたくなるような。

  • 放っておけない人

    「すまない、ちょっと実験室の方に届け物をしてほしいんだが」 「お安い御用だよ。持っていくのはそれ?」 「ああ。本当は自分が持っていくべきなんだが、別のところに呼ばれてしまって」 「気にしないで。君は忙しいからね、ドクター」 「頼んだよ、エリジウム」

  • 巡り合う

    強い風が癖のある髪を揺らした。思わず目を瞑り、それが過ぎてからゆっくりと瞼をあげる。翳した手に花弁がついていて、軽く振って落とした。そうしてまた前を見て、呼吸の止まるような思いをした。

  • 確かめる

    「ときどき、疑っちまう。お前のその感情が、言葉が、俺に対する憐れみなんじゃないかって」 風呂上がりの湿った髪をタオルで拭きながら、ソファに座っている俺の隣に腰掛ける男はそう呟いた。

  • 誤魔化す

    その日は少し、後味の悪い仕事をした。と言ってもそんなこと自体は珍しくなく、そもそも双剣士ギルドは都市の暗部を背負っているのだから、仕事をするうえである程度のことは覚悟しなきゃいけない。掟を破るものがみな、必ずしも根っからの悪というわけではないのだから。

  • 舐める

    得てして昔馴染みとは、まったく関係ないところでばったり会ってしまうものだ。特にあまり会いたくない相手に限って。たまたまその日は仕事の激務に疲れて、家の近くにある川を跨ぐ大きな橋の欄干に、肘を預けてぼうっと突っ立っていた。

  • 照れる

    ……そんなに見られると、ちょっとやりづらいんですけど……」 「あ……すまない」 使っていた電子時計の調子が悪かったので、機械といえば……と僕は真っ先にアドナキエルに相談しに行った。

  • 騙す

    無邪気に、本当に無垢に眠る横顔を見ていると、少しでも悪夢のことを忘れられる気がする。だからと言ってそのまま自分も眠りに落ちられるわけではない。認めたくないがそれは身体が拒否しているからで、眠ればまたあの夢を見て、胃液を逆流させるのだとわかっているからだ。

  • 惹かれる

    青年は甲板の隅で、静かにヴァイオリンを奏でていた。昼前の甲板は人もまばらで、それに今日は大きめの依頼やそれぞれの用事で艇を抜けているものが多く、珍しいことに彼以外の誰もそこに居なかった。

  • 絡める

    こうして改めて指先を絡めさせると、それだけで胸の高鳴りを覚える。キスをしたりそれ以上のこともやってきたが、手を繋ぐという言葉にすればあまりに些細なことが、あるいはひどく気恥ずかしいものに思えるのだと知った。そもそも誰かとこうして手を繋いだりなど、これまで生きてきてしたことがない。

  • 疼く

    ※漆黒直前のあれ その連絡を聞いたとき、胸がずきりと痛んだ。サンクレッドが何の前触れもなく唐突に意識を失って倒れたと。いったい何があったのか、外傷がないなら何か特殊な術でも受けたのか——様々な考えが脳裏を駆け巡る。それでも、この人生のすべてをもって蓄えてきた知識でも、思い当たるものはひとつとしてなかった。

  • 憧れる

    いままでと違うのは、家に帰れば彼がいるということだ。どこか電車で適当なところに行って、何をするでもなくふらふらと歩くのが好きだった。いま思えばあの世界で冒険者をしていたという感覚がそうさせるのかもしれないが、この行動は冒険なんてたいしたものじゃない。ただの散歩だ。

  • 慕う

    ※俺同盟軍兵とマキシマさんの話 「俺は兄を帝国との戦で殺されて、故郷に親を置いてきたんです。今頃は……心配させちまってるかな」 決起集会の騒然とした空気のやや外側で、なんでか俺はそんなことを話し始めていた。

  • なぞる

    この世界には、光の巫女という伝説がある。百年前の光の氾濫を止めた誰かさんの力を受け継ぐものが生まれては戦って死んでゆき、その輪廻の果てに生き残ったのがリーンなのだという。クリスタリウムの人にリーンを見なかったかと訊くと、博物陳列館に行ったと言うのでそこに向かえば、古びた絵本を読む彼女がいた。

  • 握りしめる

    ……は、っ」 拳に汗をかいていた。とても悪い夢を見ていた気がする。その記憶は脳裏のどこかにこびりついているようだったが、思い出したくはない。どうせ何度も見たあの夢だ。俺はいつまであの夢を見続けるのだろう、と少しだけ不安になる。

  • 泣く

    最後に声をあげて泣いたのは、いつのことだっただろうか。もうだいぶ幼い頃からその記憶がない。あの街で普通に育った子どもが言葉にならない声で泣いているのを見て、疑問に感じたくらいだ。それほどに何を求めるのだろう。何に悲しみ、怒りを感じるのだろうと。

  • 寄り添う

    彼の持つ温もりは、何もいつもと変わらない。それでも、その表情は通常のものとは少し違っていた。ふとしたときに見せる寂しげな瞳。恐らく無意識なのだろう溜め息に、緩慢な仕草。失ったものはいつだって大きい。怪盗団の皆は誰しも心に大きな空洞を抱えていて、それを埋めるために、あるいは抱えて生きていくために命がけで改心なんてことをやっている。

  • 振り払う

    ※年齢操作 「だ、大丈夫だから」 その手を払う余地もなく、それほどの力もなく、小さな身体はひょいと抱き上げられた。こうも持ち上げられては、抵抗したらしたでそのほうが危険だ。サンクレッドはしぶしぶ目の前に現れた、目的のものを棚から取ると「もういい」と不機嫌そうに言った。

  • 信じる

    信じていたのに、と人は言う。そのとき同時に、自分が見ていたものはただの思い込みだったのだと失望する。それが裏切りというものだが、一般的には一時的な誤解であったり、本当にただの思い込みである場合が多い。ひとを簡単に裏切れるものなんて、実際はそんなに存在しないのだと思う。

  • 忘れる

    始まりがいつだったのか、もう思い出すことができない。そう昔のことではないはずだが、恐らく自分でそれと意識していなかったから。思い出せないのであればもはや出会いの日が始まりだったと考えることもできるのかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。そもそも人を好きになる瞬間なんて本当にあるのだろうか。本当は出会ったときから心は決まっていて、多からず少なからずと触れ合うたびにそれに気づいていくだけなのではないだろうか。

  • 見つける

    「サボりか。精が出るな」 そう言ってエンカクは、コンクリートの床に腰を下ろした。そこは甲板の上とでも言ったところか、開けたその場所は風がよく通り、今日の天気では日差しを浴びるにはちょうどいい。と言ってもドクターと呼ばれるその男は全身を服とフードと仮面で覆っており、日を浴びるなどということは縁のない風体をしていた。

  • 眩う(まう)

    自分にとっての彼は光だった。時折弱くなったり、何かに遮られて光を翳らせたりもするが、その明かりは失われることがない。生命の灯にも似ている。ゆらゆらと揺れる姿すらも美しいと感じたのは、どちらかというと火を見る感覚に似ていたかもしれないけれど。

  • 振られる

    「ごめんな」 その言葉が何よりも残酷だった。ただ、そう感じてしまう自分のことも許しがたくて、行き場のない怒りと悲しみが腹の底で熱い血に煮詰められていく。想いを伝えればこうなると、わかっていたのに。自分はどうしようもなくばかだ。何も言葉が出ず、ただ片手で額と目を覆う。

  • 眠る

    すやすやと寝息を立てる姿を見て、羨ましく思えるし、憎らしくも思う。羨望と憎悪はかなり近いものかもしれない。冷静な頭でそんなことを考えて、他人事みたいに自分の感情を分析していた。癖のある黒い髪の隙間から覗く、薄く長い睫毛を見ていると、なにか勘違いしてしまいそうになる。この男は自分に心を許しているのではないかと。隣で眠ることになんの違和感もなく、警戒も抱いていないのだと。

  • 祈る

    ラテラーノの民であるという彼は、どれだけ信仰が厚いのだろう、と思うときがある。自室にいるときはひとりで祈りを捧げたりするのだろうか。エクシアさんは外見にあの元気さ、あるいら奔放さを持ちつつも、祖国の宗教には一段と深い信仰を保っているらしい。何度か任務で同じ部隊になったことがあるが、斃した敵に向かって何か呟いていたのはそれに関係することかもしれなかった。

  • 応える

    「ふたりとも、すごい連携だったな」 肩慣らしに近辺のちょっとしたいざこざを片づけてきて、石の家の共有スペースで紅茶を啜るグ・ラハ・ティアは、そう呟くと感嘆の息を洩らした。

  • 憂う

    「神はすべての人に救いを与えるが、救いとはなんだろうか。それがわかるか?」 「どうしたんだよ? 急に」 「戯れに、貴様の考えを聞きたかっただけだ」 言峰は口元に薄く笑みを貼り付け、いつもの笑っているのかいないのかわからない視線を俺に投げた。

  • 疑う

    ……そんなわけないだろ。君が、僕のことを好きだなんて」 にべもなく振られたのだと気づくまでに少しかかった。彼はいつもの涼しげな笑みでそんな言葉を放つと、何もなかったようにカップに口をつける。

  • 伝える

    「アルバート、こっち」 男がちょいちょいと手招きするので行ってやると、幼い子どもがするように耳に口と手を近づけて囁いた。

  • 気づく

    書類の小さな文字を指でなぞる。報告書の一部であるらしいそれは、一応チェックしてくれと渡されたものだった。普段ならこんなことはやらないが、いま自分の役割はこの組織でドクターと呼ばれる人物の秘書である。未だにどうしてこんなところにいるのかわからないけれど、思いのほか心は冷静に、並べられた文字をなぞった。

  • 壊れる

    「あっ……」 リーンが小さな声をあげ、ガイアは彼女のほうを向くとどうしたのよ、と言う前に状況を理解した。その華奢な指のなかで、イヤリングが壊れている。それは確か、あのサンクレッドという男に贈られたものと言っていただろうか。

  • 傷つく

    任務から帰ってきたその姿を見たとき、心臓を鷲掴みにされたような。胸に痛みを感じた。いつも閉じているシャツのボタンは傷に負担をかけないよういくつか外され、巻かれた包帯が覗いている。よく見るとこめかみの辺りにも、皮膚を傷つけたのか四角い絆創膏が貼られていた。

  • 宴のさなかに

    クリスタリウムではきっと夜通し宴が続くだろう。その中心にいる英雄のことを想いながら、サンクレッドはふっと笑った。初めて会った頃は自分の力もわかっていない風だったのに、ずいぶん成長したものだ。などと少し偉そうに考えてしまう。自分自身もまた、彼に返しきれないほどの借りを作ってしまっているのに。

  • まどろみの一日

    ウリエンジェが起きてこない。彼はいつも自分たちより遅めの起床ではあるが、朝餉の用意ができるくらいには必ず起きてきていた。いままで共同生活というほどのこともしてこなかったので、元々こうなのかはわからない。しかし毎夜遅くまで文献を読みあさり、この世界のことを調べたりしているようだから無理もなく、きちんと起きてくるだけ相変わらず真面目なやつだと思っていた。

  • はかなきもの

    「戻ったら、お話があります……」 三体目の大罪喰いを倒し終えて後、クリスタリウムへの帰路でウリエンジェはそうサンクレッドに耳打ちした。

  • 或る一夜の話

    それなりに色々な経験をしてきてはいるが、まさか男として生きていてこのような瞬間があるとは予想していなかった。こちらから見下ろす端正な顔はどこか恍惚として、俺としてもさすがに好いている相手のそういう表情は、こう、胸にくるものがある。

  • 凪のような眠りを

    その日はなぜか、なんとなくあの砂の家に帰りたくなって。だいぶ石の家にも慣れていたところだったが、あの冒険者や皆の顔を見ていたら、なんだか懐かしくなった。それはもうある種の帰巣本能のようなものだ。帝国の襲撃があったときのことはあまり思い出したくないが、それも含めて色々な思い出がある。

  • レストイン・ピース

    暗闇のなかで、誰かが自分を嗤う。それに伴う後悔の念、伸びてくる包帯の巻かれた腕。傷口が開いたのか血が滲んでいて痛々しい。が、男はいやに元気そうに笑いながら、俺の首を掴んで地面に押し倒した。ひやりと背中に当たる冷たいそれはまるで刃のようで、死が間近に迫っているような、そんな心地がする。

  • バッドステータス

    盗賊はそのとき久々に、状況の理不尽さに嘆息した。大概のことは持ち前の能力でなんとかしてきたが、人間、もしくは生き物としての本能の前では如何ともしがたい。それにしてもこの動悸と下腹部の熱はどうして起こされたものなのだろうか。

  • 伸ばす先に

    「んじゃあ、偉大な盗賊様に乾杯!」 「……声がでかい」 「いいじゃねえか。周りも騒いでるんだしよ」 「誰が聞いてるかわからん。前に話しただろう」 テリオンはそう言って、アーフェンに強引にぶつけられたグラスを傾ける。

  • 偶然を重ねたきみと

    わからない。どうしてかはわからないが、気がつくと彼の動きを目で追っている。その無造作に伸ばされた黒い髪、のひと房は猫の尻尾みたいだ。いや、実際彼は猫なのだそうだけれど。

  • 孤独であったからこそ

    それは裏切り者の名、と呼ばれたこともある。無理もないことだ。仲間でも始末するのが俺の任務ならば、俺に仲間など要ることもないし、出来るわけもない。そう思っていたのが少し前。いや、いまでも思っていることは思っているが。

  • 子供と大人とそのあいだ

    「ウマタロウ、ほら、あーん」 「……いい加減帰るぞ。ヒロシ」 完全に出来上がっている、と気づいたときには遅かった。

  • なんの変哲もない関係

    今日のぶんの修行が終わり、皆でいつも通り食事をして、順番に汗を流す。女性のアクアが一番最初で、二番目はヴェン、次いで俺、そしてマスターが最後だった。まだ少し水分を含む髪に触れながら、自分がにわかに微睡んでいるのを感じる。

  • 不定の体温

    あたたかい。人はそれを肌で感じるだけでなく、心で感じることもあるのだと書物にあった。捜査資料以外のものを読むようになったのはもちろん最近であり、そもそも以前は証拠品でない紙の本に触れたことすらなかった。きっかけはマーカスに勧められたことで、彼はかつて所有者であった男の家で度々それを読んでいたらしい。別の話だが、同じアンドロイドでも役割が違えば生活もまるっきり違うということを、知識ではなく心で理解したのもそのときだった。