嘯く

詩が聴こえた。ふと見上げると、わざわざ登ったのか、四角い建物の屋根に男が腰掛けている。
「珍しいですね」
「ん? ……ウリエンジェか。お前こそ」
いったい何があったのか、どうも機嫌が良いらしい。男は白髪を揺らしてふふっと笑うと、高さをものともせず、軽い身のこなしで地面に降りた。その姿は叙事詩にうたわれる神の遣いのようにも見える。考えすぎだろうか、とウリエンジェは思いながら、同僚に声を掛けた。
「お邪魔でしたか?」
「揶揄うなよ。気分が良かったから、海を見ていただけだ。そうしたら、昔読んだ詩の一節が浮かんできた……
「私はてっきり、あなたがお作りになられたものかと」
「まさか。私……っと、俺が謳うのは女性たちへの愛だけさ」
そう軽口を叩くサンクレッドは、どこか疲れているようにも見える。彼が今日何をしていたのか、暁の血盟に関連しないことならば、ウリエンジェには知る由もない。興味を持つこともない。例えば、機嫌が良いように見えて、疲れているようにも見えることの複雑さについても、この男は解さない。ただ先ほど見た、物語の一場面のような景色が不思議と脳裏に焼きついていた。
……遥か星の瞬く夜、その光の源より福音は齎されん……と」
細く呟いた言葉は、再び空に目を向けたサンクレッドには届かなかったようだ。確かに、見上げてみれば見事な星空だ。白い月が、その中でひときわ大きく、異質なほどに輝いていた。
「それじゃ、またな。ウリエンジェ」
「ええ。サンクレッド」