妬む

羨むということは、どこまで行けば妬みになるのだろうか。所謂普通の人間の生活を、羨ましく思ったことはもちろんある。妬ましいというほどではない。俺が失ったものは、どうあっても戻りようがないからだ。手に入りようがないものを求めることほど不毛なことはない。いつしか羨むこともやめてしまった、ように思う。それから俺は、復讐のことしか考えられなくなった。そして進む道すら失ったいま、俄かにその感情が戻りつつある。何も知らずにいられたなら、こんな気持ちにならずに済んだだろうか。目の前の男のことも、疑わなくて良かったのだろうか。
……また、険しい顔をして……あまり思い詰めるなよ?」
へら、と柔らかな笑みを浮かべて、彼はコップに注いだ冷水を飲み干した。それから、手元のトレーに残ったパンを千切り、口に入れる。一緒に食事を取るようになったのはつい最近のことだ。俺は口を閉ざしたまま、同じように冷水を喉に通した。
復讐を果たしたあの日に知ってしまったこと。部隊に潜んだ諜報員。疑うならば隊長、と一時は思ったが、以前命のやりとりをした彼の事情を鑑みると、逆にそれは考えづらい。隊長も思想に染まっているのであれば、わざわざすでに隊員である者に、新しく諜報役を任命する意味はきわめて薄くなる。そう思ってはいるが、一度抱いた疑いはなかなか晴れない。
「あんたは……なんで軍人になった?」
「ん? 珍しいな、お前が僕に訊くなんて」
「いいから」
「そうだな。……志のため、かな」
そう言った隊長は、どこか自嘲的な表情を口元に浮かべていた。志とひとことに言っても、色々なものがある。それこそ国の思想に殉じるのも志ならば、ただ国に対して貢献したいというのも志だ。その表情からは、なんとなく中身についてあまり訊かれたくないというようなものを感じた。
……信じたいのか、俺は……
温かく味の濃いスープを啜り、口直しにまた冷水を飲む。それから小さく呟いた言葉は、運良く相手には聴こえなかったようだ。
「何か言ったか?」
「いいや。何も」