掴む

……もう少し、もう少しで……
戦術シミュレーションシステムの画面を前にして、男は唸っていた。あとひとつ、何かが足りていない。上手くいかない。ロドスのドクターは戦術指揮に長けていたが、もちろん完璧ではない。だからこうして自身もその研鑽を積んでいるのだが、戦況を打破する最後のピースを探し始めて数時間は経っている。と、不意に部屋の扉がわずかな機械音をたてて開いた。
「あれ、ドクター。君も訓練なんて、精が出るね」
「エリジウム。……と、ソーンズも?」
「ああ」
白と黒の男二人は思い思いに上司への挨拶をすると、ドクターが操作している画面を邪魔にならない程度に覗き込む。このシミュレーションシステムは、過去にロドスオペレーターが任務によって訪れ、戦闘が生じた場所と状況を3DCGで再現し、敵の装備や能力、オペレーターの行動可能な範囲、位置取りを考え、ロドスを勝利に導くことを目的として進行する。言うなればゲームのようでもあるが、侮るなかれ、その再現度と自由度はかなり高い。舞台をいじってテレビゲームとして販売すれば良い線いくのではないか、とドクターは密かに考えている。
「このシミュレーションなら、一度やったことがある」
「本当に? 君もこういう訓練やるんだ」
「戦場に出る限り、戦術指揮について知ることは無駄にならない」
「そんなことを言う前衛オペレーターは君くらいのものだよ……っと、ごめんね、ドクター。邪魔しちゃって……
「ん? ああいや、私は問題ないよ。煮詰まってきたところだし、そろそろ休憩にしようと思っていたんだ」
全身黒に包んだ男はなおも画面を見ては首を捻っていたが、はああと息を吐いて大きく伸びをする。
「もう少しで、何か掴めそうな感じがするんだが……どう思う? エリジウム」
「え、僕? 訊くならソーンズの方が良いんじゃ」
「俺は答えを知っているからな。知らない人の意見が聞きたいんだろう」
意見は聞きたいが、正解もしくはヒントが欲しいわけではない、という思いを簡単に見破られたドクターは、マスクの中で苦笑した。ソーンズは聡明で、かつ誰に対しても歯に衣着せない男だ。エリジウムもそれを理解して、やれやれと肩をすくめると、画面の中で繰り広げられている小競り合いを眺めた。
――ここはブレイズさんに任せて、グレースロートさんをこっちに行かせるのは?」
「そこなんだ。ただ、それだとグレースロートが孤立してしまう……
「うーん、確かにそうだ。じゃあ……
ああでもないこうでもないと議論を戦わせる二人の様子を、ソーンズは黙して聴いている。ロドスの中でかなり特殊な位置にいるドクターでも、オペレーターの全員と仲が良いわけではなく、ソーンズとの関係も然りというところではあったが、エリジウムはやはり持ち前の性格でうまくやっているようだ。距離感を掴むのが巧いといったところか。なんだかんだと付き合っている側としては、時折うっとうしい部分もあるが。
……で、ここをカバーするために……うん、いけるかもしれない。やってみよう」
「はは……素人意見でも役に立ったかな。というか、一回休憩しようって話じゃなかったっけ」
「そうだった。君たちも一緒にどうだ? お礼に食堂で何か奢るよ」
……俺は何もしていない」
「良いじゃない、ドクターがこう言ってるんだから。一緒に行こうよ」
エリジウムはからりと笑って、ソーンズの細い手首を柔らかく握った。色素の薄い瞳がきらりと光ったような気がして、ソーンズは少しだけ目を細める。
「お前たちが良いなら、俺も構うことはしない」
「素直じゃないなあ。じゃあ、決まりだね」
「ああ。行こうか、二人とも」