「やあ、ドクター」
ウユウは神出鬼没だ。と言っても、このロドスで特殊オペレーターとして働いている人たちはだいたいそうで、彼が特別というわけではない。ロープなんかは近頃、他の女性オペレーターたちと一緒に行動しているところを見るようになったが。
「なにか用か?」
「もし暇なら、お付き合い頂こうと思ってね」
そういえば、そろそろ昼食の時間だ。きっと彼自身もそれを言っているのだろう、と思い至り、ドクターは執務室の椅子を立った。その弾みで、硬くなった身体の筋肉がぎしりと悲鳴をあげる。
「痛たた……」
「おや、未だ昼だというのに。昨日は遅かったのかい?」
「ああ……人事部に少し相談を受けてね。検討すると持ち帰ったのに、熱中しすぎた」
「なるほど。ドクター殿は多才なだけに、あらゆる方面から頼られるのだな」
閉じた扇子を口元に当てて笑う姿は、飄々として軽い、微風のような印象を受ける。
「昼食を摂る前に、肩でも揉んであげようか?」
「……なら、頼もうかな」
仮面の下で溜め息をつくと、背もたれの高い業務用の椅子ではなく、ソファまで歩いていって腰をおろした。リーベリの男はそれに応じ、その背後にまわる。扇子をさっと懐に仕舞うと、広くない背中を眺めながら、肩に骨ばった指をかけた。
「おお……あー、えっと。もう少し内側……うん、そこだ」
「力加減は?」
「いまので丁度いい……」
「随分凝ってるなあ」
親指をぐりぐりと押し込みながら、サングラスの下でウユウは少し遠い目をする。ドクターはただそうされるがままに、ぽつりと呟いた。
「この前行ってきた任務はどうだった?」
「ん? ああ……ウルサスは初めて行ったが、本当に寒い国だね。ラヴァ嬢がアーツで暖めてくれなかったら、どうなっていたことやら……」
「……そうか」
彼らが行ってきた任務での出来事について、当然ドクターたる男も報告を受けていたが、知られている通りウルサスにおける非感染者と感染者の溝は、他国にも増して深い。非感染者と感染者の混成チームにして派遣せざるを得なかったが、それに対し現地民が抵抗を示したという話だ。ウユウは非常に弁が立つ男なので、その場をうまく収めたという話でもあったが。
「ああ、随分軽くなった。助かったよ、ウユウ」
「どういたしまして。次からは代金を戴こうかな」
「クロージャに言われて来たんじゃないだろうな?」
彼は己の事情を隠さないが、胸の内に秘めたものだけはいつも煙にまかれている。ただ、そんなときに彼が自分に会いにきたのは何か意味があるのだろうか。ドクターはそう思いながら、隣を歩く長身の男と軽いやりとりを続けるのだった。