「……何を、隠してる?」
「どうしたんだい、急に。何も隠してなんかいないよ」
「別に。少し、思っただけだ」
誰しも表に出さないことはある。とりわけこのロドスには色々な事情を持った人間が多く、それを隠している人間も多くいた。中身はわからなくても、隠し事をしているというのは結構な確率でわかってしまうものだ。たとえそれが無意識だったとしても。
「お前は、休暇は取らないのか」
本日のメインディッシュであるクリームシチューをスプーンで掬いながら、なんとなしに呟いた。ロドスは一般の企業なので、定期的に長期休暇を取ることができる。ソーンズ自身は休みを取りたいという気持ちも、どこかへ行きたいということもなかったので、特にそういう気が起きるまでは取らないつもりでいた。
「うーん……いつも迷うんだよね。あまり取らないなら取らないで、人事部の人に微妙な顔されちゃうし……だからといって、ここを離れてしたいこともないし。今はね」
エリジウムは髪の一房を指先でいじる。その表情はいつものように笑みを浮かべていたが、何か影が差しているように見えた。
「近頃、お前は働きすぎなんじゃないかとドクターが言っていたぞ」
「えっ、心配させちゃったかな。確かに、最近は色々なところにしょっちゅう駆り出されてたしなあ……僕はそれでいいんだけど」
「少しは羽を伸ばしたらどうだ」
このリーベリの男なら、羽を休めると言ってもいいのだろうか。なんて冗談は咀嚼したシチューの具と一緒に飲み込んだ。
「君も心配してくれてるのかな?」
「さあな」
以前縁があって話をした開発部のオペレーターは、休暇を取って故郷の家族に会いに行くのだと言っていた。それで長期休暇のことを思い出したのだ。ソーンズがロドスに加入したときはそのあたりの話をほとんど聞いていなかったので、しばらく記憶の片隅にしまい込んでいた。
イベリアに帰ることはない。同郷であるエリジウムもまた同じだ。普段はそんな話はしないし、表に出すこともないが、いつか交わした会話のことをうっすらと思い出す。
ならば、この男と遠くに出るのも良いかもしれない、と考えて、ソーンズはふっと笑った。
「あれ。ソーンズ、いま笑った?」
「気のせいだろう」
特に隠すことでもないのに、すぐに笑みを消してそう言った理由は、ソーンズ自身にも判然としない。ただ少しだけ浮かんだそれを、いまはまだ秘めておきたいと思ったのかもしれなかった。