彼が人間だったら、と考えることはもちろんある。自分の兄だったら、なんて思ったときもあった。兄というのはどういう存在なのか、第一王子という身分だったものとしてはあまり想像がわかないが。
「……茶を」
短い言葉とともに差し出されたカップを受け取り、その温かさに安堵をおぼえる。
「ありがとう」
礼を言うと、彼は少しだけ頭を下げた。僕はふっと抑えきれない笑みをこぼして、カップに顔を近づける。紅茶の芳香が鼻腔をくすぐり、小さく息をついた。こんなに安らかな気分になったのはどれくらいぶりだろうか。恐らく戦火の拡大によって放棄されたのだろう、小さな集落の空き家の一部を間借りしていた。多くの食糧や食器などは持ち出されていたが、運びきれなかったのか、いくつか残っているのだった。
「それにしてもこれ、いったいどうやって……?」
「台所があったので。生活必需品でないものは残っているようです」
「ふふ、探してくれたんだ」
なんとなくおかしくなって、くすくすと笑うと、つい軽く咳きこんでしまった。紅茶をこぼしそうになるが、しっかりとした手が僕の手ごとカップを支える。その肌は人のものに良く似ていて、中身が機械とはいえ温度も極めて低いというわけではない。ただ決して温かくもないそれを、温かいと感じた。
「紅茶は……喉の痛みに効くと、聞きました。此処に茶葉が残っていたのは、僥倖でした」
「本当にそうだね。感謝しないと」
普段はあまり喋らないが、こういうときの彼は、少しだけ饒舌になる気がする。警戒すべきものが無いとわかったとき、僕の世話を焼いてくれるとき。彼は国を出たあとも僕のことを王子と呼び、従者のつもりでいるようだが、僕のほうはそう思っていない。友人とも違う。例えるならそれは、やはり家族と言うべきなのだろう。
ほとんど味のしない紅茶を啜りながら、幸せだと思った。それを感じるほど、自らに課した使命を意識する。家族と共に温かい時間を過ごすことさえも、戦火に見舞われた中では覚束ないのだ。
「……それでも、今だけは……」
呟いた言葉に、聴こえているはずのディミスは答えなかった。