「あっ……」
リーンが小さな声をあげ、ガイアは彼女のほうを向くとどうしたのよ、と言う前に状況を理解した。その華奢な指のなかで、イヤリングが壊れている。それは確か、あのサンクレッドという男に贈られたものと言っていただろうか。普段はあまり着けず、多少着飾って出かけるとき——まさに今日のような日にだけ着けていたはずだが、外すか何かの拍子に強い力が加わってしまったか。
「……ど、どうしよう……」
戸惑う声。そのいまにも泣きそうな顔が見るに堪えず、黒の少女は気怠げに溜息をついて言った。
「リーン、貸しなさい」
「へ? ……え、ええと……」
「いいから。それ」
ガイアの言葉にさらに戸惑いを見せるリーンは、しかしその態度に気圧されるまま、差し出された手にイヤリングを渡した。手のひらに置かれたそれを、ガイアはまじまじと観察する。遠くにあっては状況があまりわからなかったが、金具が歪んで外れてしまっただけのようだ。この程度であれば、まだ直せる。リーンはこれまでこういったアクセサリの類に縁がなかったようで、この状態でも壊れてしまったと動転してしまったのだろう。
ただ、わかったからと言って自分が直せるわけではない。工具なんて持ち歩いているわけもないし、さすがに指では負荷がかかりすぎてよりひどい状態になりかねなかった。
「……これ、まだ直せるわよ。そういうのが得意な人に頼んだら」
半分投げやりに言うと、リーンはそれでも花が咲くような笑顔を見せる。
「そ、そうなんですか……! 良かったぁ……」
安堵の溜息をつく。本当に、光という言葉がよく似合う女の子だとガイアは思った。彼女は水晶のように素直に反応を見せ、きらきらと輝きを放っている。それはまるで、ちょうどこのイヤリングについた蒼い石のようだ。サンクレッドも、それを想って彼女にこのイヤリングを贈ったのだろうか。
「それならあの人に……ううん、工芸館の方なら……直してくれるよね」
自分に言い聞かせるように、本当に安堵した様子で独り言を呟くリーンに、ガイアは再び声をかけた。
「それ、本当に大事に思っているのね」
「うん。本当は、物なんてなくても良いのだけど……サンクレッドの存在を、そばに感じることができるから」
「……そう」
ユールモアでは、壊れたものは捨てられた。直せばまだ使えるものでも、一度壊れたという事実は覆せなかった。それは罪喰いに怯えた大人たちの虚勢だったのかもしれない、とガイアはいまなら思う。壊れたものは直せない。だからこそ最後の瞬間まで、偽りの中で笑っていようと。
少しだけ、光の少女の手の中で再生を待つものに妬いた。それとついでに、あの白いコートの優男にも。自分もそんな存在になれるのだろうか、という思いを振り切るようにかぶりを振ると、ガイアは友人に別の話題を持ちかけるのだった。