「……は、っ」
拳に汗をかいていた。とても悪い夢を見ていた気がする。その記憶は脳裏のどこかにこびりついているようだったが、思い出したくはない。どうせ何度も見たあの夢だ。俺はいつまであの夢を見続けるのだろう、と少しだけ不安になる。夢の中の彼と俺が通じている以上、記憶として何度も視つづけることになるのだろうか。
「おい、大丈夫か?」
眠たげな声がすぐ近くで聞こえる。いまの俺の声に目を覚ましたのか、それともとっくに起きていたのか、アルバートは半分心配げ、もう半分は呆れの表情で俺を見つめていた。
「……平気、だけど」
言葉を濁す。俺は本当にあんな夢を視すぎておかしくなっているのかもしれないが、この世界だっていつどうなるかわかったものではない。あの記憶の世界が、ここではフィクション、あるいはファンタジーとして語られるようなものであっても、ここがそうでないとは限らない。
「考えすぎだろ。仕方ないやつだな」
難しい顔をしていたのか、アルバートは俺の顔を見かねて背中に腕を回し、頭ごと抱きこむ。柔軟剤のいい香りがした。というか、厚い胸板に顔が埋まっているのだが。
「お前は何も気にしなくていい。もうこの世界では、苦しむ必要はないんだ。……まあ、仕事はしてもらうが……」
子どもに言い聞かせるような口調で謳いながら、逞しい手が俺の後頭部を撫でる。なんだかこう、立場が逆な気もしないではないのだけれども、悪い気分ではない。
「落ち着いたか。シャワー浴びてきていいぞ」
「……やけに気が利くな」
「そうか? ……別に、いつも通りだろ」
背中に回されていた腕から力が抜け、その腕の中から緩慢な動きでごろんと転がり出る。ちらりと見た微笑みは、どこか記憶の中の表情と似ていて、俺はそれを振り払うようにかぶりを振った。
「じゃあ、シャワー……浴びてこようかな」
「ああ。朝飯にパンでも焼いとく」