孤独であったからこそ

それは裏切り者の名、と呼ばれたこともある。無理もないことだ。仲間でも始末するのが俺の任務ならば、俺に仲間など要ることもないし、出来るわけもない。そう思っていたのが少し前。いや、いまでも思っていることは思っているが。俺の前に現れたひとりの青年は、弱さを晒しながら強くあり、孤独でありながら人を惹きつける不思議な男だった。宵闇のような昏い感情を秘めながらぎらぎらと輝く太陽のように、怒りを露わにする。それは同じく独りの俺にはないもので。
——見惚れてしまった。端的にいうとそういうことだ。
「おい! そっち行ったぞ!」
「っ……!」
飛んでくる怒号に呼応して刃を振るう。人間ではない白きそれは、両断されどこへともなく消えていった。俺としたことが、惚けてしまっていたようだ。
……それで最後みてぇだな」
くあ、と欠伸をしながらゆったりとした足取りで歩いてくる。
「ねみぃ。早く宿に行こうぜ、オボロ」
俺の肩を叩くと、暢気に言って彼はさっさと歩いていった。そのすぐ後ろを小さな獣が騒がしく追い、颯爽と長い黒髪が付いていく。俺はしばし立ち尽くし、遅れて足を踏み出した。
言葉通り、アマツは宿で夕飯を平らげると、早々に寝入ってしまった。宿は二人一部屋で、男が二人と女が一人、雄だが人ならぬ生物が一匹という状況のため当然男二人が一緒にされる。壁に身体を向けて時折いびきをかく姿は、あれだけの力を見せた青年とは思えなかった。先ほど白き異形と闘っていたときの、あまりに苛烈な闘い方とは結びつかない。
そもそも他人の寝姿をこんな穏やかな状況で見ることすら、いままでそう無かったことだ。他人と眠ること自体が久しいどころか、あったかどうか記憶もない。それほど俺は孤独のなかに身を置いてきて、それに慣れてしまったのだ。
知らず息を呑む。まだ出逢ったばかりの俺の横で、彼はあまりにも無防備だった。
……身体を冷やすといかん」
この九領でそのような心配をする意味はほとんどなかったが、呟いて、横に投げ出された薄い布に手をかける。
「ぅん……
剥き出しの腹にそれを被せると、彼は小さく呻いてこちらに寝返りをうった。起こしたかと思ったが、どうやらそうではないらしい。閉じられた瞼が、唇が近い。ずきりと胸の奥が疼いて、そこから湧き上がる衝動を抑えられるはずもなく。
……アマツ」
名を呼んでみても、起きる気配すらない。無造作に伸びた髪を分け、頰の輪郭を撫でると、俺は衝動のままにその唇を奪った。これが人の温もりか。体温が伝わってくる。
まずいとは思いながらも、少しずつ離しては触れ、舌で歯列をなぞり、抉じ開けては絡めた。湿った水音が耳朶を叩き、これ以上はいけないと警告する。
——っは」
ふと現実に引き戻され、すっかり温まった身体を離した。アマツはまだ眠っている。心なしか紅潮した頰に、どうしようもない罪悪感が襲った。俺はいったい何をしているのか。しばし激しい自己嫌悪に苛まれていると、さっきまで触れていた唇が動く。
「んん……あちぃ」
目を閉じたままぼんやりとした声で言うと、彼は掛けたばかりの布を剥ぎ取って丸め、腕で軽く抱くようにして再び寝息をたて始めた。そのあまりに無邪気な行動に、すべてがどうでもよくなる。不思議な男だった。
「おやすみ……アマツ」
ぽつりと所在なく呟いて、少し離れた自分の寝床に戻る。唇にはまだ感触と体温が残っていて、邪なことに下半身も反応していた。なんとか無視して瞼を閉じながら俺は、いつかは伝えられるだろうか、と栓のないことを考えずにはいられなかった。