わからない。どうしてかはわからないが、気がつくと彼の動きを目で追っている。その無造作に伸ばされた黒い髪、のひと房は猫の尻尾みたいだ。いや、実際彼は猫なのだそうだけれど。
「……でさ、マイティ」
「へ? あー……うん?」
「また寝ぼけてるのか? 明日の話。したら寝かせてやるから」
そういうわけじゃなくて……というか、基本ボクが眠いのは昼間であって夜はそこまででもない。言いたくなったが、それならそれで話を聞いていなかった言い訳がきかなくなるのでやめた。それにこうして自分に呆れるアルドを見られるのは、なんだか特別感がある。それを言ったらさすがに怒られそうだけれども。
吸い込まれそうな深海の瞳が、ふいに閉じられた瞼に隠れた。彼はふう、と溜め息をつき、腰掛けていたベッドにごろんと身を横たえてしまう。
「……やっぱりいいや。今日はもう休もう」
「えー? いいの?」
「オレも疲れたしさ。明日のことは明日でいいかなって」
「……アルドらしいなー」
彼はときどき、ひどく気まぐれだ。それはもしかしたら本来の姿の特性かもしれないし、決して短くない時間人として生きて身についた性格かもしれないが、実際どうなのかは本人にもわからないだろう。ボクは自分のベッドから出て、おもむろに彼のほうへ腰をおろした。アルドはびっくりしたようにボクを見る。
「ど……どうかした?」
「ん。別にー……」
身体をすこし捻って、再び開いたその眼を見ると、やっぱり吸い込まれそうな気がした。彼なら何をしても許してくれる。そんな欲望めいた想像が、胸のうちで頭を擡げる。
「……無防備なんだよね」
小さく呟く。この距離だから聴こえないように、は難しい。でも、聴こえたって意味は通じないのだから構やしないだろう。案の定彼は寝転がったままで首をかしげるようにしていた。その少し上に曲げられた唇が可愛くて、ボクは右手を伸ばすと、頬っぺたを軽く引っ張ってやった。目をぱちくりさせるアルドの顔とその感触を楽しんでから、指を離す。
「アルド、子どもみたい」
「なんだよ。マイティのほうが下だろ」
「だからだよー」
もともと子どもだったら、みたいなんて言葉は使わない。そうは続けなかったが、物分かりのいいアルドは自分でそれに気づいたみたいで、少しばつの悪そうな顔をした。
まだ未成年とはいえボクから見たら年上の彼は大人なのだが、全然そんな風に感じさせないのは彼の持つ人懐っこさだろう。たまに一緒に寝ると一緒に寝坊してくれるところとか、個人的にはすごく好きだ。フィーネいわく寝坊助なのは昔からだというから、ボクと一緒だからってわけではないのだろうけど。
ボクはそのまま、腰掛けたベッドの上に無理やり身を横たえた。当たり前だが狭い。
「……寒いの?」
「ううん、別に……いや、そういうことにしておこうかなー」
「なんだそれ」
笑い声を背にして、ボクも少し笑った。彼は決して拒絶しない、それが良いところであり、不安なところでもある。正直な話、年下のボクから見てもだ。それでも、彼にそれを失くしてほしくはないから、黙っている。これは甘えているってことになるのだろうか?
しばらくそうしていると、微かな寝息が聞こえ始めたので身体を緩く反転させる。相変わらず寝つきがいいな、と思いつつ、お互い毛布すら被っていないことに気づいた。いったん身体を起こそうとすると、アルドがこちらに寝返りをうってきてその腕を伸ばしてくる。まるで母親に抱擁をせがむ少年のようだ。
「……大丈夫。今日はどこにもいかないからさ」
無造作に伸びた黒髪をさわさわと撫で、上半身を起こすと半分床に落ちるようになっていた毛布を引っ張りアルドの身体に掛けてから、自分のほうにも持ってきた。そんなもの無くても暖かかったけれど、夜はまだこれからで、寒くなる可能性はあるし。隣のベッドが寂しげに佇んでいるが、こうなってしまったら戻る気は起こらない。
毛布のなかに潜りこんで、眠気はなくても目を閉じた。