縋る

ふと不安になることがある。日々に不満はないし、それどころかこうして時折戦いに出たりはするが平和に暮らせていることは、感染者の自分にとってこの世界では得がたい幸せだと思う。だとしても、心の底に僅かな不安が残ったまま、消えてくれることはない。いまだ解明されてないことの方が多いこの鉱石病という病は、たとえロドスの治療で多少進行を遅らせられても、毎秒着実に身体を蝕んでいて、いつその尖った切先を心臓に突き立てるかもわからないのだ。
そんなとき、人は神に祈るのかもしれない。ロドスには色々な人がいる。僕のようにイェラグから来た人たちも、ラテラーノや、他の国で別の信仰を持っていた人たちも。もちろん信仰なんか持たずに暮らしている人も多い。イェラグに住んでいたころには想像もしなかったようなことは、ロドスにいればいくらでも出会える。
「好きだ」
口に出したとしても、どこか腑に落ちないような気がした。きっと目の前の彼は、もっと別に想いを寄せる相手がいる。そして彼自身、その想いは叶わないと考えていて、それでもいいと思っている。非常に無欲なことだが、この天使が言うのならそうなのだろう。胸にぼやけた黒いものを感じながら、取り返しのつかない言葉の返事を待った。案の定、その答えはごくシンプルなものだった。
——うん」
肯定、とも、拒絶ともつかない、相槌のような言葉。そもそも言葉とも言い難いただの二文字。僕は臆病だから、顔を見たくなかった。いつもの曖昧に笑う金色の瞳に見据えられたら、もう何も言えなくなるだろうと。
「俺も——なんて。言う資格ないよね」
「そんなことは……
思ってもいない言葉が口をついて出た。
「いいよ。わかってるんだ」
胸がぎゅっと締めつけられるように痛んで、それこそ神に祈りたくなる。どうか幸せにしてください、と。そもそも幸せを感じるのは紛れもなく自分自身しかいなくて、幸せを感じられる状況を心から信じられなければ、周りがどうなったって関係ない。
……すまない。アドナキエル」
「どうして謝るのさ」
アドナキエルはくすりと笑って、顔をこちらに近づけると、おもむろに僕の手を取り、両手で包み込むように白い指を絡める。
「主よ、私たちの罪を、どうかお赦しください……
目を閉じて唄うように呟いたのは、どうやら祈りの言葉だった。罪とはいかなるものだろうか。主、とはどこに居るものなのか。尋ねるのは野暮な気がして、僕もまた目を閉じる。