祈る

ラテラーノの民であるという彼は、どれだけ信仰が厚いのだろう、と思うときがある。自室にいるときはひとりで祈りを捧げたりするのだろうか。エクシアさんは外見にあの元気さ、あるいら奔放さを持ちつつも、祖国の宗教には一段と深い信仰を保っているらしい。何度か任務で同じ部隊になったことがあるが、斃した敵に向かって何か呟いていたのはそれに関係することかもしれなかった。彼女と同じサンクタであるアドナキエルはどうなのだろうか。彼は元々口数少ないほうで、普段何を考えているかは、ある程度付き合いの長くなったいまでも察しづらいときがある。ただその口から時折、天の祝福を、と。なんでもない挨拶のように、ふと言葉が洩れるのだ。
イェラグにも山に対する信仰の文化があるが、僕の場合は育った環境のせいかあまり縁がなく、あるということを知っているくらいだった。神に祈るというのはどういう心境なのか。生まれたときから、暮らしている中でそれが当たり前なら、日常の一部と変わらないのだろうか。
そうこうしているうちに、廊下を歩いていて彼の部屋に行き当たった。訓練の疲れからか、いったいなんなのか。惹かれるように扉をノックし、ほどなくして返事が返ってきた。扉を開けると、いつもの曖昧な笑顔がそこにいた。
「スチュワード。どうかしたんですか?」
「あ、ああ……えっと」
「そうだ、ちょうどさっきクッキーを焼いたんですよ。ドクターに差し入れようと思って……
自分が質問したのに返事も聞かず、部屋の奥へ行くとホイル紙に包まれたそれを手に戻ってきた。
「少しでいいんですけど、たくさん出来ちゃうんですよね。どうぞ」
「うん……ありがとう、アドナキエル」
中には丸いものが何枚か入っていて、まだ温かい。少し鼻を効かせると、甘い香りがした。シンプルだがオーソドックスで、誰でも好みそうなバタークッキーだ。どうしてこんなものを貰ってしまっているのだろう、と思いながら礼を言う。
……あなたにも、天の祝福を」
天使は金色の目を細めて、そう呟いた。改めて意識すると、とても神秘的な響きに思える。恐らく彼にとっては挨拶と変わらない言葉で、なんでもないことなのだろうけれど。少し尋ねようと思っていたことが、頭の中でまっさらになる。
「えっと……すみません。何か用があったんですよね?」
「いや、大丈夫。こっちこそ悪かったよ、急にお邪魔して」
「そんな。むしろ貰ってくれて助かりました。アンセルやカーディちゃんにも持って行こうかな」
朗らかに答えるアドナキエルの様子に、先程のどこか浮世離れしたような雰囲気はなくなっていた。いつもの仲間想いの青年そのものだ。
「じゃあ、僕はこれで」
「はい。また」