「サボりか。精が出るな」
そう言ってエンカクは、コンクリートの床に腰を下ろした。そこは甲板の上とでも言ったところか、開けたその場所は風がよく通り、今日の天気では日差しを浴びるにはちょうどいい。と言ってもドクターと呼ばれるその男は全身を服とフードと仮面で覆っており、日を浴びるなどということは縁のない風体をしていた。
それでも、視界には光が映る。人工的でない陽の光だ。男はそれを眺めていた。
「……休憩時間だ。サボりじゃない」
そう呟くと、仰向けの姿勢から横に寝返りをうつ。隣に胡座をかいたエンカクに背を向ける形で、彼は仮面の下の目を一瞬薄く開かせ、また閉じた。
「あの少女が探していたぞ」
「アーミヤが? ……そんなに時間が……」
「お前ともあろうものが、そうまで油断するとはな」
くく、とサルカズの男は口の中で嚙み殺しきれない笑いを洩らす。それは嘲笑うようでもあり、失望したようでもあり、どこか愉しむようでもあった。まったくこの男がなにを考えているのかわからない、とドクターは思う。腕は確かだし、普段も何をするでもなく問題行為も起こさないので放っておいているが、ときどきこうして話をするとわからなくなる。そして話をするときは決まってふたりなのだ。他の人間がいるときは、こんなに饒舌じゃない。
「お前は、光を見るのが好きなのか?」
「いや……どうなんだろう。気がついたらここにいて……空を眺めていた」
「ふん。まあ良い」
空はちょうど、日が落ちていく様を映していた。ロドスの滞在する地は勿論平和で、天災など起きてはいない。そのために移動都市なんてものがあるのだ。そんな空を見ていると、自分の素性もはっきりわからない男は、どこか何かを思い出しそうになる。しかし特に何も思い出せるわけもなく、その感覚がただの気のせいだったと知ることになるのだった。
「エンカク、自分を探しにきてくれたのか?」
「……いいや。外を見にきたら、お前を見つけただけだ」
「そう。……じゃあ、そろそろ行くかな」
男はまず上半身を起こし、仮面の下で欠伸をして背筋を伸ばしつつ、ゆっくりと立ち上がった。座したままそれを眺めるエンカクは、彼がそのまま自分に目もくれず歩いていくのを見送ると、肘を支えに立て掛けていた刀の鞘を首に寄せ、目を閉じる。そして口端を緩めて、ひとつ息を吐くのだった。