2019~

凪のような眠りを

その日はなぜか、なんとなくあの砂の家に帰りたくなって。だいぶ石の家にも慣れていたところだったが、あの冒険者や皆の顔を見ていたら、なんだか懐かしくなった。それはもうある種の帰巣本能のようなものだ。帝国の襲撃があったときのことはあまり思い出したくないが、それも含めて色々な思い出がある。

レストイン・ピース

暗闇のなかで、誰かが自分を嗤う。それに伴う後悔の念、伸びてくる包帯の巻かれた腕。傷口が開いたのか血が滲んでいて痛々しい。が、男はいやに元気そうに笑いながら、俺の首を掴んで地面に押し倒した。ひやりと背中に当たる冷たいそれはまるで刃のようで、死が間近に迫っているような、そんな心地がする。

バッドステータス

盗賊はそのとき久々に、状況の理不尽さに嘆息した。大概のことは持ち前の能力でなんとかしてきたが、人間、もしくは生き物としての本能の前では如何ともしがたい。それにしてもこの動悸と下腹部の熱はどうして起こされたものなのだろうか。

伸ばす先に

「んじゃあ、偉大な盗賊様に乾杯!」 「……声がでかい」 「いいじゃねえか。周りも騒いでるんだしよ」 「誰が聞いてるかわからん。前に話しただろう」 テリオンはそう言って、アーフェンに強引にぶつけられたグラスを傾ける。

孤独であったからこそ

それは裏切り者の名、と呼ばれたこともある。無理もないことだ。仲間でも始末するのが俺の任務ならば、俺に仲間など要ることもないし、出来るわけもない。そう思っていたのが少し前。いや、いまでも思っていることは思っているが。

なんの変哲もない関係

今日のぶんの修行が終わり、皆でいつも通り食事をして、順番に汗を流す。女性のアクアが一番最初で、二番目はヴェン、次いで俺、そしてマスターが最後だった。まだ少し水分を含む髪に触れながら、自分がにわかに微睡んでいるのを感じる。

不定の体温

あたたかい。人はそれを肌で感じるだけでなく、心で感じることもあるのだと書物にあった。捜査資料以外のものを読むようになったのはもちろん最近であり、そもそも以前は証拠品でない紙の本に触れたことすらなかった。きっかけはマーカスに勧められたことで、彼はかつて所有者であった男の家で度々それを読んでいたらしい。別の話だが、同じアンドロイドでも役割が違えば生活もまるっきり違うということを、知識ではなく心で理解したのもそのときだった。