一日一文企画

重ねる

……やっぱり、力が入りすぎなんだと思うけど……」 「むむむ……ぐぐ……」 理解しているとばかりに言葉で答えずただ威嚇する獣のようなうなり声を洩らすシドーを見て、つい浅黒い手に自分のそれを重ねてしまった。

抱きしめる

「つかまえた」 小さな身体は、こちらがどんな体勢でも抱きしめれば腕の中にすっぽり収まってしまう。いつもなら彼なりに無駄な抵抗をするのに、今日はされるがままだった。ベッドの上とはいえまるで借りてきた猫みたいだ。彼の名前とは関係なく。

溶け合う

抱きしめて背中に鼻を寄せると、ふわりと花のような香りがした。たぶん柔軟剤の匂いだ。それは季節に関係ない匂いだが、なぜか春を感じてしまう。このあたたかい陽射しのせいかもしれないし、実際に暦の上では春だからそう思い込んでいるだけかもしれない。

ひとり待つ

その日は雨が降っていた。この島に魔物の群れが襲ってきて、あのふたりを島の外へ無理やり送り出してから初めての雨だ。島から魔物が去って行って、少女はずっとこの島唯一の船着き場で過ごしていた。

奪う

目を奪われた、というのはこういうことを言うのだろう、と生きていて初めて感じた。美しいものはいくつも見てきたけれど、その光はどうしようもないくらいきらきらしていて。眩しさに目を細めてしまった。

拗ねる

最近どうも祐介が冷たい。冷たいといえば彼は普段からクールらしい雰囲気をまとってはいるが、決してそういう話ではなかった。杏や双葉はもちろん竜司にも普段通り接しているのに、自分にだけ若干棘のある態度で相対してくるのだ。周囲に気づかれるほどあからさまではないのが彼の強いところだった。

微笑む

「はは、ありがとう。また死んじゃったのか」 毎度思うが、いくら神の御業とはいえ棺桶に息もなく眠っていたものがきれいさっぱり元気に目を醒ますのはとても不自然だ。彼などは死を経験しすぎてどこか何かがずれてきているのではないだろうか。目の前で申し訳なさげに笑う少年を見ながら、もうひとりの少年は考える。

弄ぶ

戯れに、部屋を見せてほしいなどと言って。受け入れられたのは意外だった。もっと警戒心を露わにしてくるものだと思っていたから、上手くいっているのかもしれないと思ってしまう。人の心に入り込むのは簡単だと思っていたが、彼に対しては少し違った。

躊躇う

触れれば壊れてしまうのではないか。そんなことを思うのはとても馬鹿らしいけれども、そのときは本気でそう思っていたのだ。彼はとても強く頼りになる存在なのに、時折ひどく繊細で、薄いガラスを加工するときのような緊張感と恐怖感に晒されるときがある。自分が嫌われるだけならまだましだが、何かの拍子に存在ごと崩れ落ちてしまうような。

誓う

少し時が経ってようやく理解できたのか、ずっと解ってはいたが自分からその感情に蓋をしつづけたのかは自分でもよくわからない。それでも気がつけばその腕を掴み、身体を引き寄せては抱きしめていた。驚いたのか小さく震えたのが服越しに伝わる。

思い出す

……ふふっ」 「なんだ……急に笑ったりして」 「いやぁ、お前もずいぶん柔らかくなったなと思ったらさ」 シエテはその微笑みを隣の男に向けると、やにわに頭をわしわしと撫でた。