抱きしめて背中に鼻を寄せると、ふわりと花のような香りがした。たぶん柔軟剤の匂いだ。それは季節に関係ない匂いだが、なぜか春を感じてしまう。このあたたかい陽射しのせいかもしれないし、実際に暦の上では春だからそう思い込んでいるだけかもしれない。
「あ、つ、い」
その腕を解かれようとするが、簡単には離さない。なぜなら今日は休みの日だからで、つまりは起きたくないのである。この明るさからすればそれなりに日も昇ってきた8時ごろだろうが、まだまだ眠っていていいはずだ。すんすんと柔軟剤の匂いを嗅ぎながら目を閉じた。
「ああ……溶けるなあ、これ……」
「だから暑いって言ってるだろ……」
「そう、じゃなくてだな」
飛んでくる文句にもごもごと答えてしまう。おそらくこの背中にほど近いところで喋ると、向こうもそれを感じて若干くすぐったいだろう。だが俺は構うことなく続けた。
「あったかくて、いい匂いして……このまま空気と一体化する」
「……そんなにか?」
不意に背を向けていた彼が寝返りをうつようにこちらへ身体を向けてきて、そのまま抱きしめられた。肩越しにすんと匂いを嗅がれ、胸が高鳴る。彼は鼻で息を吐くと、その顔を俺の肩に埋めた。普段の調子ならこんなことはしないはずだが、もしかして寝ぼけているのだろうか。
「ん……」
確かにいい匂いだ。口では言わないが、なんとなく伝わってくる。同じ柔軟剤を使っているから匂いも同じなのだが。
「そうだな……このまま、溶けてしまっても……」
彼はいつになく眠たそうだった。やはり寝ぼけているな、と思いつつ、この稀少な時間を楽しむ。こうして光に包まれたまま抱きあって眠って、一緒に溶けてしまったら、どうなるのだろう。なにも知らずだれにも知られず、どこへでも行けるのだろうか。それでも俺たちに肉体がないのは不便だな、と思った。