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巡り合う

強い風が癖のある髪を揺らした。思わず目を瞑り、それが過ぎてからゆっくりと瞼をあげる。翳した手に花弁がついていて、軽く振って落とした。そうしてまた前を見て、呼吸の止まるような思いをした。

寄り添う

彼の持つ温もりは、何もいつもと変わらない。それでも、その表情は通常のものとは少し違っていた。ふとしたときに見せる寂しげな瞳。恐らく無意識なのだろう溜め息に、緩慢な仕草。失ったものはいつだって大きい。怪盗団の皆は誰しも心に大きな空洞を抱えていて、それを埋めるために、あるいは抱えて生きていくために命がけで改心なんてことをやっている。

忘れる

始まりがいつだったのか、もう思い出すことができない。そう昔のことではないはずだが、恐らく自分でそれと意識していなかったから。思い出せないのであればもはや出会いの日が始まりだったと考えることもできるのかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。そもそも人を好きになる瞬間なんて本当にあるのだろうか。本当は出会ったときから心は決まっていて、多からず少なからずと触れ合うたびにそれに気づいていくだけなのではないだろうか。

眠る

すやすやと寝息を立てる姿を見て、羨ましく思えるし、憎らしくも思う。羨望と憎悪はかなり近いものかもしれない。冷静な頭でそんなことを考えて、他人事みたいに自分の感情を分析していた。癖のある黒い髪の隙間から覗く、薄く長い睫毛を見ていると、なにか勘違いしてしまいそうになる。この男は自分に心を許しているのではないかと。隣で眠ることになんの違和感もなく、警戒も抱いていないのだと。

疑う

……そんなわけないだろ。君が、僕のことを好きだなんて」 にべもなく振られたのだと気づくまでに少しかかった。彼はいつもの涼しげな笑みでそんな言葉を放つと、何もなかったようにカップに口をつける。

染める

「お前らさ、なんか似てきてない?」 「そうか?」 「いや、俺の気のせいならいいけどよ……」 坂本竜司は少し大袈裟に溜め息をつくと、再び昼の渋谷を歩き出した。

拗ねる

最近どうも祐介が冷たい。冷たいといえば彼は普段からクールらしい雰囲気をまとってはいるが、決してそういう話ではなかった。杏や双葉はもちろん竜司にも普段通り接しているのに、自分にだけ若干棘のある態度で相対してくるのだ。周囲に気づかれるほどあからさまではないのが彼の強いところだった。

弄ぶ

戯れに、部屋を見せてほしいなどと言って。受け入れられたのは意外だった。もっと警戒心を露わにしてくるものだと思っていたから、上手くいっているのかもしれないと思ってしまう。人の心に入り込むのは簡単だと思っていたが、彼に対しては少し違った。

触れる

思えば、自分から積極的に人に触れたことなどなかった。そもそも触れたいと思ったこともないし、そんな人物に出会ったこともない。のだった、これまでは。

慰める

「大丈夫だから」 呟いた。抱きしめた身体はまだ震えていて、彼もまた自分と同じなのだと思わされる。当たり前のことなのだが。誰だって死ぬのは怖いし、大事な人が亡くなるのも嫌だ。自分や彼だけではなくて他の仲間たちもそうだろう。みな命の重さがわかるものたちだ。

惚れる

人が人を好きになる瞬間はいつなのだろうか。そもそもそのような瞬間は本当にあるのか、ともに過ごしていて気がつけば執念に近い情念を抱いていた、というのが恋愛感情なのではないのか。だんだんとわからなくなっていた。

望む

突き詰めれば、多くの人を助けたいというのも欲望である。人の心について考えていると、これまでに出会った多くの人を思い出してやりきれない気持ちになってしまう。手を伸ばせなかった人。諦めてしまったもの。ただ見ているしかできなかった自分。