主喜多

忘れる

始まりがいつだったのか、もう思い出すことができない。そう昔のことではないはずだが、恐らく自分でそれと意識していなかったから。思い出せないのであればもはや出会いの日が始まりだったと考えることもできるのかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。そもそも人を好きになる瞬間なんて本当にあるのだろうか。本当は出会ったときから心は決まっていて、多からず少なからずと触れ合うたびにそれに気づいていくだけなのではないだろうか。

染める

「お前らさ、なんか似てきてない?」 「そうか?」 「いや、俺の気のせいならいいけどよ……」 坂本竜司は少し大袈裟に溜め息をつくと、再び昼の渋谷を歩き出した。

拗ねる

最近どうも祐介が冷たい。冷たいといえば彼は普段からクールらしい雰囲気をまとってはいるが、決してそういう話ではなかった。杏や双葉はもちろん竜司にも普段通り接しているのに、自分にだけ若干棘のある態度で相対してくるのだ。周囲に気づかれるほどあからさまではないのが彼の強いところだった。

慰める

「大丈夫だから」 呟いた。抱きしめた身体はまだ震えていて、彼もまた自分と同じなのだと思わされる。当たり前のことなのだが。誰だって死ぬのは怖いし、大事な人が亡くなるのも嫌だ。自分や彼だけではなくて他の仲間たちもそうだろう。みな命の重さがわかるものたちだ。

惚れる

人が人を好きになる瞬間はいつなのだろうか。そもそもそのような瞬間は本当にあるのか、ともに過ごしていて気がつけば執念に近い情念を抱いていた、というのが恋愛感情なのではないのか。だんだんとわからなくなっていた。

望む

突き詰めれば、多くの人を助けたいというのも欲望である。人の心について考えていると、これまでに出会った多くの人を思い出してやりきれない気持ちになってしまう。手を伸ばせなかった人。諦めてしまったもの。ただ見ているしかできなかった自分。