この世界には、光の巫女という伝説がある。百年前の光の氾濫を止めた誰かさんの力を受け継ぐものが生まれては戦って死んでゆき、その輪廻の果てに生き残ったのがリーンなのだという。クリスタリウムの人にリーンを見なかったかと訊くと、博物陳列館に行ったと言うのでそこに向かえば、古びた絵本を読む彼女がいた。
「なにしてるのよ」
絵本に相応しい優しい色と、少し残酷さすら感じる独特なタッチで描かれたそれは、ガイアでも知っている。光の巫女の伝説を描いたものだ。ずっと前、幼い頃に読み聞かせられた記憶があった。それにしても、現に光の巫女である彼女がそれを読むのはなんとなく不思議な感覚だとガイアは思う。ある意味それは自分自身の話であり、ここクリスタリウムの子どもたちも読み聞かせられて育つだろう物語だ。恥ずかしい、とは違うだろうが、妙な気分になったりしないのだろうか。
「あ、ガイア。ごめんなさい、何かあった?」
「……この前、ハンカチ借りたから。返しにきたの」
「そんな、次会うときでよかったのに」
差し出された白いハンカチを、リーンははにかみながら片手で受け取る。もう片方の手には絵本が開いたままだ。ちょうどそれは、光の巫女が罪喰いとの激しい戦いに倒れるシーンだった。
「……それ、辛くないの?」
ガイアは、露骨に暗い声で言った。なぜだかずきりと胸が痛んで、同時にやるせない気持ちが内側にこみあげてくる。リーンは、彼女が光の巫女ミンフィリアと呼ばれていた頃は、あのユールモアに保護されていた。御伽噺の巫女とは違い、外の危険から隔離されていたのだ。辛くないのか、という言葉が何を指しているのかは言った彼女自身もはっきりとはわからない。ただ、いつも通りでいるリーンに少し驚いた。
「ううん……辛いよ。でもね、同時に勇気をもらえるの」
「勇気を?」
「たくさんの人が命がけで戦って、みんなの命を繋いだ。私はそんな人たちの想いを、力を受け継いでるんだ……って」
そう語るリーンの表情は、凄惨なシーンを見たのに晴れやかで。同時に華奢な指先で額に触れ、何かを思い出しているようでもあった。
「……リーン」
名前を呼ばれ、少女は赤い髪を揺らして恥ずかしそうにふふ、と苦笑した。