「だ、大丈夫だから」
その手を払う余地もなく、それほどの力もなく、小さな身体はひょいと抱き上げられた。こうも持ち上げられては、抵抗したらしたでそのほうが危険だ。サンクレッドはしぶしぶ目の前に現れた、目的のものを棚から取ると「もういい」と不機嫌そうに言った。
「よろしいので?」
「いいって言ってるだろ。ウリエンジェ」
「……御意に」
静かに応えると、少しの衝撃も与えないよう極めてゆっくりとその身体を床に下ろす。足がつくのを焦れったく待っていた少年は、鋭い目つきでほとんど自分の二倍ほどの身長がある男を睨んだ。青年の瞳はゴーグルに隠されて見えず、サンクレッドはその表情の窺い知れなさに得体の知れない不気味さを感じていた。ゴーグルの下の薄い唇がゆるい弧を描き、ふっと息をつく。
「嫌われてしまいましたか」
「別に。わざわざ手間を掛けさせるのも、あまり好きじゃない」
サンクレッドという少年は、あまり他の大人に対して感情を剥き出しにすることがなかった。とりわけ自身に鈍感な彼はウリエンジェの前でのみその表情を変え、自分の率直な想いを持って接していることに気づかない。そしてそんな扱いを受けているウリエンジェも、他の人間と接すること自体が少ないのが災いして、このサンクレッド・ウォータース少年がもともとこういう性格なのだと考えていた。
「……珍しいですね。あなたがそのような厚さのある本を読むなど」
「悪いか?」
「いいえ。私としては、意外な一面を見られた……という気分です」
人の感情に疎い青年は、少年の憎まれ口にも怯む様子すらない。サンクレッドはそんな彼を相変わらず変なやつだと考えながら、少しだけそのゴーグルの下がどうなっているのか、想いを馳せていた。この男は普段ぼうっとしている——もしくは自分の世界に浸っている——ように見えて、意外と隙がない。色のついたレンズに隠された、瞳の色を知っている者はいるのだろうか。どれだけ見上げても見える気がしない。
「それでは、私も調べ物がありますので、これで」
カウルの裾を翻して、長い脚と広い歩幅で高貴さすら感じる所作に歩いていく男の背中を、少年はしばらく見つめていた。