隠す

ロドスの代表だという少女は、今日も忙しそうに駆けずり回っているらしい。他のオペレーターや職員とあまり接することがなくても、同じ空間にいれば会話くらいは聞こえる。あのドクターと呼ばれる人物もまた忙しいのだろうが、いったい何をしているのだろうか。その情報だけはとんと入ってこない。最近のエンカクはただ日々花の世話や腕が鈍らないように軽い鍛錬をするくらいで、いくつかの任務にもお呼びがかからないのだった。ロドスのオペレーターも人数が多くそういった時期はあるだろうが、時折は呼んでもらわなければ困るのは彼自身だけではない。実際彼は施設内でドクターを探しつつ、どこぞの紛争地帯にでも足を突っ込んでこようかなどと、必ずしも本気ではないものの考えていた。
……ん」
ただ、こういった無駄事を考えているときは意外と、捜しものと出会えるものだ。曲がり角で自分よりはるかに長身の男と出会ってしまった、フード被り仮面に顔を隠した男は、特に何も言わずそそくさと過ぎるところであった。当然それに気づいたエンカクはその襟元をむんずと掴む。
「待て」
……何か用か」
「いつになったら、俺を戦場に連れ戻してくれるんだ?」
「なんだって?」
この組織でドクターと呼ばれる黒いフードの男は、まるで予想もしていなかった言葉を聞いたというふうにエンカクに向かって聞き返した。
「腕が鈍って仕方がない。連日外出しているらしいが、戦場へ赴いてるわけじゃないのか」
「それは……
彼は口元に緩く結んだ拳を持っていき、思慮するような素振りで呟く。ああそうか確かにそうだ。そんないくつかの台詞はどれも独り言であった。一部の人間は独り言を発することで自分の考えを整理するのだという。エンカク自身はそういったタイプではないが、目の前の姿を見てどこかで聞いたことを思い出していた。
……ここ最近、色々なところで小競り合いが起きていてね。君に行ってもらうには値しない任務ばかりなんだ」
「ほう」
「まだ慣れていない子たちは多いし、そういうのにも訓練より実戦をさせたほうがいいだろう。良い機会だから……それいえば」
ドクターはごそごそとコートのポケットを探っては小さな布袋を取り出し、未だにその襟を掴んでいる白い手の甲に乗せる。
「これ、ミルラが見つけてきてくれたんだ。なんでも珍しい花の種らしい」
……これで機嫌を直せ、とでも言いたいのか?」
「いいや。自分が育てるより、君にあげたほうが良いと思っただけだ。せっかく貰ったものだけど」
「ふん。有難く頂いておくか」
エンカクはドクターの服から手を離し、布袋をいったん手の甲から宙に浮かせて、同じ手で空中のそれをぱしりと掴む。彼は植物を育てるのが好きだが、特に花を育てるのが好きだった。種類によって咲き方が違えばもちろん散り方も違う。数時間も保たない花もあれば、きちんと管理すればしばらく咲いているものもある。それを眺めているだけで半日過ぎていたこともあった。
「こいつはどんな風に散るんだろうな」
「さあね。そろそろ行っていいか?」
「悪かったな。せいぜい身体を壊さないことだ」
あっさりと反転して背を向けたエンカクは、手の中で袋を弄びながらその場を去っていった。