ひとり待つ

その日は雨が降っていた。この島に魔物の群れが襲ってきて、あのふたりを島の外へ無理やり送り出してから初めての雨だ。島から魔物が去って行って、少女はずっとこの島唯一の船着き場で過ごしていた。自分にはあのビルダーのように屋根のある家は作れない。せいぜい寝床と焚き火を作るくらいだ。そんなことを思いながらも日々の食事と睡眠にはこと足りていたので、決して暗い気持ちになったりなどしなかった。
……雨かぁ」
そう強い降りではなかったが、ふたりを待っている間に風邪をひいてしまっては元も子もない。ルルはそれがわかるくらいには賢い子どもで、自分の身の丈を知っているとも言えた。船着き場が見えて雨を避けられる場所といえば、初めて彼らと出会ったときに岩場に作った簡易な部屋しかなかった。
「あら、ここにいたの」
よく通る声がそこに響く。扉を開けて入ってきたのは、ついこの間からっぽ島にきたペロという女性だった。いつも明るくて踊りや料理も上手で、同じ出身地の男性陣からやたらと慕われている、いかにも大人の女性といった人物だ。彼女は柔らかく微笑むと、焚き火のそばに座っているルルの隣に腰をおろした。
「いつもあそこにいるから、心配したのよ。雨に濡れているんじゃないかって」
「ありがとう。でも、ルルもそこまで子どもじゃないの」
「そうみたいね。皆にも言っておくわ」
ペロはこんな雨の日でも結い上げた髪を揺らして、くすくすと可愛らしく笑う。ルルは膝を抱えて、音を立てて散る火花を眺め、時折海のほうに視線を投げたりした。そんな沈黙がしばしの間、ふたりの周囲に立ちこめていた。
「もう、どれくらいになるかしら」
——日よ。数えてるもの」
「彼らなら、案外どこかの島で何か作ってるかも」
……うん」
暗い気持ちにはならない、そのつもりで実際その通りに過ごしてきたが、短く答えるルルの声は少しだけ震えていた。雨の日はどうしても気持ちが暗くなってしまう、というのは誰にでもある話だ。砂ばかりのオッカムルではほとんど雨が降らず、稀に訪れる雨、すなわち水は恵みの象徴であったが、ペロはこの島に暮らしてからその感覚がわかるようになった。始めにそう言っていたのはジバコだったか。ルル自身かもしれない。
「ね、シドーたちが帰ってきたら……何か楽しいことをするっていうのはどう?」
「楽しいこと?」
「そう。オッカムルでは、ほとんど毎日のことだけど……いっぱい働いたあとは、必ず楽しいことをしていたわ。ルビーラを飲んだり、踊ったり。それを見て囃したりね」
話しながら、ペロはどこか追憶するように遠い目をする。彼女が幼い頃に見た両親たちを思い出していることは、もちろん彼女と出会って日の浅いルルには知る由もなかったが、どうしてか互いに似ているような気がした。
しとしとと降り続く雨は、憂鬱だが、重たく降り積もった何かを崩して流してくれるようにも感じられた。
……ありがとう」
ルルはぽつりと、先ほど言ったのよりも柔らかなニュアンスなのは気づいているのかいないのか、感謝の言葉を口にした。
「ええ。どういたしまして」
明るい茶色の髪を揺らして、ペロは美しく微笑む。オッカムルからきた男たちは皆口を揃えて彼女の笑顔を見ると元気が出ると言うが、まさにその通りだとルルは密かに思った。