思い出す

……ふふっ」
「なんだ……急に笑ったりして」
「いやぁ、お前もずいぶん柔らかくなったなと思ったらさ」
シエテはその微笑みを隣の男に向けると、やにわに頭をわしわしと撫でた。何もかも突然のことに驚いたシスはそれを振り払い、ちょうど猫が威嚇するように耳を立てて相手を睨みつける。
「そう怒るなよ」
「貴様は……何も変わらん」
そう言うと、先ほどの様子とは打って変わって視線を外しては下に落とす。艇の甲板は航行中のゆったりとした風が吹いていて、腰を落ち着けて過ごすのによい空気だった。ただし夜も更けており、彼らの他には人の影も見られない。普段は賑やかな艇だが——もしかしたらあの副調理室は賑わっているのかもしれないけれど——深夜の甲板は静かだ。
「そうかなぁ? 俺も前よりお兄さんらしくなってきたでしょ」
「誰がだ。カトルやエッセルが聞いたら、なんと言うか」
「そういうのだよ」
「なに?」
「前はさ。十天衆の皆だって、ろくに名前を呼んだこともなかった。シス君のことだから、気にしてはいたんだろうけどね」
いつもの調子で言いたいことだけを言って、シエテは押し黙る。シスはなんと返したものか、素直に認めるべきか否定するべきか考えているうちに、足元を雲が過ぎていった。自分の過ちはわかっている。それを周りの者が汲んでいてくれたことも。忘れていたとしても、思い出せばきちんとわかる。
……相変わらず、ちゃんと見られてるんだなぁ」
ぽつりと吐き出したシエテの言葉が誰に向けたものか判別できず、口を噤む。自分のことを言われていると思えば自惚れている気がした。この男に対しての距離感は、出会ったときからずっと掴めていない。昔は掴もうともしなかったわけだが、いまになって手を伸ばしても、切っ先にすら触れられなかった。身体の向きを変えて、背中合わせになるようにする。そうして曲げた膝を抱えては顔を埋め、シスはまた記憶の海に沈むのだった。