「……だから、それは誰のせいでもないと」
「……わかってるよ。けど悔しくてさ……」
皆が寝静まった夜。正確にはウリエンジェは自室の灯りが点いていたのでまだ起きているみたいだが、静かなことには変わりなかった。珍しくピクシーたちも騒いでおらず、魔物たちも多くが眠っている不思議な夜だった。だからこそ感傷的になってしまったのかもしれない。英雄と呼ばれた男は、草原の上に腰を下ろして思う。
「あんたが倒れたとき、本当に心配したんだからな」
「……そりゃ、嬉しいことだ」
「それからヤ・シュトラたちも倒れちまうし、最終的に残ったのはアリゼーと俺だけ。そのアリゼーも、俺に全部託して眠っちまって……」
「泣くなよ。英雄様」
「泣いてねえよ」
あれだけ多くの修羅場をくぐり抜けてきて、とサンクレッドは彼を揶揄しながら考える。どこまでも純粋なものだ。仕事柄良い奴も悪い奴も見てきたし接してきたが、これほどに澄んだ心を持つものには会ったことがない。まるで水晶のような男だった。相手に自分や仲間を害されれば怒るし、評価には素直に喜び時折調子に乗る。悲惨な事件には眉を顰め、特に親しかったわけでもない人物の死にも祈りを捧げる、そんな男だ。どうやらこの壊れかけの世界にまで来たとしても、それは変わらないらしい。
「もう少し早く来れたらなんて、正義感じゃないんだ。あのときのオレは、寂しかった」
「そうか」
己のうちにあった感情を吐露する男は、涙が滲み出すのを隠そうと上を向く。人の暮らさない妖精郷にも綺麗な夜空があった。いつかアリゼーと見たオーバールックの空にも負けないくらい。だからこそ哀しく思えた。このあたりには、もう空を見る人間もいないのだ。
「会えて良かったよ、サンクレッド」
それだけぽつりと呟き、英雄は口を噤んだ。サンクレッドはただその肩を抱いて、宥めるように優しく叩いていた。