広い空を見ると懐かしくなる。思えばあれが始めて三人で攻略した迷宮だった。旅の中では明らかに広すぎる灯台だったりやたら落とし穴や惑わしの多い洞窟だったり迷宮じみた場所に悩まされたが、それを思えばあの塔は道順についてはやさしかった。そのかわり俺は何度か落ちかけてふたりに助けられたのだけれど。
「それで? お父上は元気にしてるのか」
「元気だよ。最近はムーンブルクの城もだいぶ修繕が進んできて、彼女のようすを見に行ったりなんかしてる。今日もね」
「それは良かった。ムーンブルクについては、ぼくも何かできたらいいんだが……」
「君は妹君のこともあるだろ。俺はもう王位まで継いでしまったしな」
わざとらしく溜め息をついて伸びをした。何もない草原に横たわっていると、旅をしていた頃のことを色々と思い出してしまう。とてもつらい旅だったが、その分思い出はたくさんあった。
「王様が、こんなところで怠けていていいのかい?」
軽口を叩くと、サマルトリアの王子は俺の顔の上に何かを乗せてきた。驚いて手に取ると、それは草原に生えている花で編んだ冠だった。相変わらず妙に器用な男だ。
「……王女に言われたんだ。たまには休みなさいって」
「なるほど、それでぼくを呼んだんだな」
くすくすと笑う。それはそうだがなんとなく言葉にされると納得がいかないような気持ちになるのはどうしてか。答えのかわりに草原にはすがすがしい風が吹き、そんな心をまっさらにしてくれた。
これが平和というものなのだ。何にも邪魔されることのない静寂。風のあたたかさ、草の香り、それと大事な人の声。
そこには俺と彼、元勇者と呼ばれたただふたりの男がいた。