諦める

「いつかさ、お前と一緒にあっちへ戻れたら」
言いかけて口を噤んだ。こんなこと言ったって仕方がない。もともと彼の住む世界はここだし、あちらにはあまり良い思い出もないだろう。なにより無責任だ。彼の存在がいつまであるか、世界を渡れるかなんて、保証もないどころか可能性すらありはしないのに。
……お前なぁ」
アルバートは呆れたように溜め息をついた。やっぱり俺が世迷言を言っていると思われている。窓の側に立って夜を眺める彼の姿は淡く光っており、それを見るとどうしても胸の奥がぎしりと痛んだ。彼の魂は光の力で生きながらえているのだろうか。この世界に溢れる光で。だとしたら、完全に夜を取り戻したとき、彼は。
「俺のことなんか、気にしなくていいんだよ」
淋しげに笑う。それを見るとどうしても、どうしようもないくらいその身体を抱きしめてやりたくなる。この腕の中におさめて、伸びない髪をくしゃくしゃと撫でて、それからキスをしたい。罪喰いを倒すたびに、その残された心に触れるたびにその思いは強くなっていった。彼のことが好きだと、いまならそう思えるが、口に出すことは絶対にできない。
窓の側で、彼は俺にしか聞こえない下手くそな鼻歌を唄っていた。
「それ、何だ?」
「故郷の子守唄だよ。俺が小さい頃、母さんがよく聴かせてくれた。ふと思い出したんだ」
くしゃりと、今度は寂しげでない笑顔になる。機嫌をよくしたのかわからないが、彼はそのまましばらくそれを唄っていた。俺に眠ってほしかったのかもしれない。実際に俺は目を閉じて、その歌を聴きながら意識を頭の底へと沈めていった。