悩む

「暗い顔してるけど、どうかしたか?」
あっけらかんと言ってみせる彼は、その原因が自分にあるとは露ほども考えていないだろう。当たり前だ。俺自身も突拍子もないことで、彼に対して悩んでいるのだとわかっている。それでもあんなリアルな夢は、そして漠然とした感覚は、あの出来事が幻ではないのだと語りかけてくる。
「なんでもないよ」
答えて、カレーライスの最後の一口を掬ったスプーンを口に突っ込んだ。よりにもよって昼食のときに思い出して呆けてしまうなんて最悪だ。最近は色々忙しくて浅い眠りのせいか夢を見る頻度が高くなってきて、そのぶん夢の中で彼の顔を見る。同じ顔で同じ声で性格も同じように見える、ここではない別の世界で、数奇な人生を辿った男を。
「最近忙しそうだしな。今度の休みに、どこか遊びにでも行くか」
アルバートは同じ職場の同期だ。周りからよくふたりは顔が似ていると言われ、まあ世界には自分と似た人間が何人もいるというから、たまたまそれが出会ってしまっただけだろう。互いにどちらからともなく仲良くなり、数年と過ごしたときにその夢をみるようになった。初めは友人が出てくる夢も珍しくないし、やたら重厚な世界観なのもスルーしていたが、何度も何度も、それも毎回続きからそのストーリーを追体験しているとなると話は違ってくる。
この前、その夢に出てきていたアルバートは、俺に力を託して消えてしまった。仮に別世界の自分とするが、彼が——いや自分が何を感じたのか、いまでも実際に体験したかのように思い出せる。アルバートのおかげで強大な敵には勝てたが、彼が戻ってくることはなかった。
この目の前にいるアルバートはいったいどういう存在なのだろう。
「おーい」
肩を揺すられて我にかえる。慌てて顔を上げると、呆れたような複雑そうな、微妙な表情が目の前にあった。
……そうだな。いっそ何日か休みとって、旅行なんかはどうだ」
「お前とか? はは、悪くないかもな」
無邪気に笑った。その笑顔の裏に何かがあるのか、はたして何もないのかは俺にはわからなかった。