突き放す

「もう……俺のことは、放っておいてくれ」
そう言った背中は、いつか見たような孤独にまみれていた。いずれこう言われるとは思っていたけれど、さすがに刺すような痛みが肺のあたりを襲う。息が詰まり、自然に眉根が寄る。これ以上僕が彼に言えることはあるのだろうか。どこまで行っても自分は彼の上官でしかなく、家族にはなれないのだ。たとえ自分がどう思っていても、相手には関係ない。もちろん曲がりなりにも大人として理解してはいたが、いつの間にかそれが揺らいでいたのかもしれない。
……何かあったのか?」
命令違反をしたあの日から、しばらく彼の様子は大人しかった。他の隊員と喧嘩をすることもなく、目立ったことはせず、代わりにずっと何かを考えていたようだった。僕への態度も少しは柔らかくなったように感じていたが、いまの彼がまとう空気は、もしかすればあの日の前よりも冷たく思える。たとえ以前と同じお節介でも、その理由だけはどうしてか気にかかった。
「何もない。……ただ、俺とあんたは違う。それだけだ」
握った拳に力が入っているのか、少し震えているようだった。その声が感情を抑えているようで、やっぱり引っかかる。以前の彼が常に放っていた鋭い殺気とは違って、切先は内側に、彼自身に向いているような気がした。あるいは彼の周囲にいる、僕を含めたすべての人に向いているのか。
ここまで拒絶されれば、もう呼び止めることはできないだろう。ただその背中が宿舎へ消えていくのを見送って、ひとまずは胸を撫でおろした。いまの彼が抱えるものが何かはわからないし、無理に知るつもりもないが、その力になれないことだけに胸を痛める。寄り添ってやることすらできないのだろうか。
……僕は」
呟いた言葉は、孤独なまま風に吹かれて消えていった。