呼ぶ

「アルバート、昼食いに行こう」
よくよく思い出せば、同じ職場の同僚としてなんとなく仲良くなった頃から、俺の名前を呼ぶ姿はどこかそれだけで嬉しそうだった気がする。いつからあの世界の夢を見ていたのか、きちんと訊いたことはないが、おそらく俺のことを夢に見る前からだ。恋人らしき関係になったいまでも、奴が俺の名前を呼ぶときは機嫌が良さそうに見える。まるでまあまあ大きい犬が主人に尻尾を振るような……というのはさすがに失礼か。
「ああ、今日はどうする?」
「そうだな……昨日は麺食べたから、丼かな」
「それ、関連性あるようで微妙だな」
他愛ない話をしているとき、ふと奴はしみじみ感じ入るような顔をする。突っ込んだらそのまま墓穴を掘ることになりそうなのでわざわざ言及はしないが、その顔を見ていると胸元がくすぐったくなり、何か言ってやりたくなる。彼自身はきっと無意識でやっているのだろうから、本当に言及することはない。
「昼に丼食ったら、夜は……あ、そろそろ買い出し行かなきゃな……
「冷凍庫にある肉とか魚も、ちゃんと使わねえとだぞ」
「確かに。すっかり忘れてた」
「今日の当番、お前だからな」
「わかってるよ。……おっ、信号青になってる」
言うが早いか、駆け出す勢いで奴は足を踏み出した。いい歳して、と思ったが早歩きに留めているようだ。その手に手を引かれることを想像しながら、少し後ろについていく。
思えば、俺からこいつの名前を呼んだことはあまりない。先に声を掛けられることのほうが圧倒的に多いからだ。もしかしたら無意識に、あの世界での記憶が——誰にも気づいてもらえなかった記憶が、影響しているのかもしれないが。
——……
「ん、何か言ったか?」
……いや。なんでもねえよ」