失う

伸ばした手の先にあるものが、悉くその手をすり抜けては、どこかへと消えていく。掴んだかと思えば、弱々しい光を放って、最後にはそれもまた消えてしまう。そんなことを繰り返して、自分は憔悴しているのだと思った。失ったものは誰かの命だ。臆病ゆえに恐ろしくてとても数えきれない、自分のせいで落とされた命の数々だ。左胸に手を当てると、他でもない自分自身の命がそこにある。一度はこれも失いかけた。自らの手で終わらせようとしたが、指先に引っかかって掴んでしまった。そのときのことを、こうして抽象的に夢にみる。本人は言わなかった、恐らく言わないだろう恨み言とセットで。そして夢の終わりにはいつも、掴めなかった手に首を絞められるのだ。やがて息が苦しくなって防衛本能から目を覚ます。そう、それは偶々——
「っ……隊長。起きろ、隊長」
「は、ッ……ごほ」
瞼を開くと、ランプの淡い光に照らされ珍しく焦った顔の少年がそこにいた。グリフは咳き込みながら、からからに乾いた喉を押さえる。近頃は昔の夢もそう見なくなったと思っていたが、油断していたのかもしれない。
……息、できるか?」
いつもの不機嫌そうな口ぶりで訊いてくるが、どう考えても心配する台詞なので可笑しくなってしまう。笑いをかみ殺しながら、青年は上半身を起こした。
「平気だ。起こしてしまって悪いな」
「別に……
運搬係のミスで野営のテントが若干数足りず、他の隊員と折り合いの悪いラルスが外で寝ると言い出したのを見咎め、隊長であるグリフは半分思いつきで自分のところに引きずり込んだのだった。そのうえで、他でもない自分のために起こしてしまったのはさすがに申し訳ないと思いつつ、グリフは傍らにある水筒から中身を喉に通した。やや冷たいくらいの水は、ちょうどよく喉を潤してくれる。
ラルスはその様子を少しだけ眺め、さっとランプの灯りを消してしまうと、自分の寝床に戻ると厚手の毛布に包まった。以前は自分も、あんな風に悪夢を見て飛び起きたりしていた。そのたびに独り生きていることを実感し、復讐の炎を胸に燃え上がらせてきたのだ。それを思い出して、つくづく妙なところばかり似ている、と目を閉じる。
大事なものを失った人間は、幸せになれるのだろうか。なれずとも構わない。そう考えているから、きっと幸せになどなれはしない。
「もう寝たのか? ……おやすみ、ラルス」
そう言った声色は、すっかり悪夢のことを忘れているようだ。こんな目覚めは慣れっこだ。グリフもまた毛布に包まり、ラルスはまだ眠っていなかったがそれ以上口を開かず、互いに背を向けていた。