その鮮烈な姿に視線を奪われたことを、いまでも覚えている。彼が故郷で学んだという剣術、あの閉塞的な国家にもこんなに美しいものが残っていたのだと、僕は今更ながらに感じたものだ。戦場に華やかなものは存在しないと理解しながら、そのときの僕は、いつも持っている発信装置を支えるので精一杯だった。
「……しかしまあ、ロドスには凄い人がいっぱいいるよねえ」
「企業としては若いが、確かに精鋭揃いだな。もう何年もすれば、劇的に成長するかもしれない」
グラスを傾けると、四角い氷がぶつかり合って涼しげな音をたてる。
「君もその一人だけど」
「否定はしない」
宿舎にバーがあるのは、おそらくあのドクターの趣味だ。万年人手不足のロドスに宿舎専属のバーテンダーなんてものはいないが、むしろそういった存在がないことで自由に使えるという利点はあるのかもしれない。いつもながら妙に凝った内装だが、これを用意するほどの資金はどこから出ているのだろうか。
ロドスは表向き製薬会社だが、その従業員が持つ技能は多岐にわたる。感染者に対し、治療をする対価としてなんらかの労働力を提供してもらう、というシステムがあるためだ。また、感染者を守るという主義のために、武力を持つことも厭わない。テラという大地においては、ただ言葉を尽くすだけではどうにもならないことも多いのだ。それは先のレユニオンとの戦いもそうであるし、あれほど大規模でなくとも、感染者にかかわる争いはそれこそ掃いて捨ててしまえれば楽なほど存在する。
きっと感染者の自分がこんな風に安穏と、友人と酒を飲む時間も得難いものだろう。エリジウムはひとり遠い目をして、自分のグラスに口をつけた。
「そういえば、この間の任務……どうだった?」
「どう、とは」
「大変だったんでしょ? 君が借り出されるくらいだし」
「お前が居ないのは珍しかったな」
「からかわないでよ。それに僕は僕で、そのときは別のところにいたんだから……」
「そちらはどうだったんだ?」
「ううん……途中までは順調だったんだけど、最終的に地元の紛争に巻き込まれかけてさ。しばらくクルビアには行きたくないよ……」
やれやれ、とややわざとらしい溜め息をつく。そういえば、あのときに颯爽と名乗り出てしんがりを務め、見事に小隊の皆を逃がしたのも稀なる剣術の使い手だった。本当にロドスには、ときどき不思議なくらい強い人がいる。
「……言うほど、君と同じ任務につかされたことはないよ」
「そうかもな……」
そう、初めて一緒に戦ったときのことは、きちんと覚えている。それこそ皆の視線を掻っ攫うような、鮮やかな活躍。なんて考えるのは不謹慎だし、もしかしたら友人として——あるいは惚れた者として、贔屓目に見ているのかもしれないけれど。
そんな男が、この移動都市にも似た艦船に帰ってくれば、今日も実験に失敗して漫画みたいな爆発を起こしている。それがエリジウムにはどうしようもなく可笑しくて、どこか愛おしいのだ。同時に友人として尊敬もしている。まさに文武両道というべきか、ソーンズという男は剣術においても薬学においても、間違いなく高い実力を持っているのだから。
「……俺は、お前の土産話が聞きたいな」
グラスの中の液体が少なくなり、重なっていた氷が溶けてまた涼しげな音が響いた。
「僕の話を聞きたがるなんて、珍しいじゃないか。兄弟」
「ふっ。冗談だ」
「ええ、そんなの酷いよ!」
そんな応酬は、残業に疲れたドクターがふらっと飲みにくるまで、しばらくの間続いていた。