自分の行いを悔やんだことはない。ただ、もう少し早く動けていれば、あと一歩踏み出していれば、と思うことはある。そうしていれば、よりスマートに事を成すことができた。それはただの反省であり、後悔ではない。サルカズが自らの行いを悔やむことはないのだ。そこにあるのは自らの研鑽と、己の中にある刃を磨き上げることだけ。それが最も合理的で、この大地で生きていくことに直結するのだから。
「懺悔することはありますか?」
「あるわけないだろう」
肩をすくめる事もなく、エンカクは一言に答えた。ラテラーノ宗教に懺悔という文化があることくらいは、戦いに生きてきたエンカクでも知っている。正確には、このロドスにきてから知った。あらゆる国家、人種の集まるこの組織では、それ自体が知識の宝庫となりうる。あまりドクターという男以外には関わらない彼といえど、それなりに長い間所属していれば、周囲からそういった知識を得るのは難しくない。廊下を歩いていると嫌でも入ってくるくらいだ。
訊くまでもなかったか、とでも言うように、仏頂面を崩さないサンクタの男は視線を逸らす。それ以上二人の間に言葉はなく、ただ漫然と時間だけが過ぎていった。これだから休暇は嫌いなのだ。温室に行っていても良いが、この時間はあのヴァルポの女性がせっせと室内環境の整備をしている頃だろう。暇だからと手伝いを申し出て、休暇でしょうと叱られるのも面倒だ。
他にすることもなく、隣の男を一瞥する。視線を手元に落としていて、どうやら何かを読んでいるようだ。小説かもしくは参考書のたぐいかと思ったが、分厚い手帳らしい。どうせこの男のことだから、休暇にも関わらず仕事のことを考えているに違いない。自分とそう変わらない、と考えて、エンカクは苦笑を浮かべた。
イグゼキュター、執行者の名を持つこの男こそ、懺悔するようなことはあるのだろうか。どちらかというとされる側のようにも見えるが、彼は聖職者ではない。もしそうであれば、こうして隣に座ることも許さなかっただろう。そもそもなぜこの男が隣に座ってきたのか、エンカク自身にはとんとわからなかったが。
「死に直面した人間の多くは、自らの行いを悔います。貴方も見たことがあるでしょう」
「ああ。やつらはなんであれ自分の行いを悔い、時には詫び、そしてそれを理由に命乞いをする。起こってしまったことは変えられんというのに」
「私は彼らを理解できない。果たしてその後悔は真なるものか、偽ならば何故、そうまでして生にしがみつくのか」
「俺に訊いて、わかるとでも思ったか?」
ぱたん、と音を立てて、イグゼキュターは分厚い手帳を閉じた。持っていたボールペンを器用にくるりと回し、カバーに付いている収納箇所に差し込む。それからいつもの無機質な瞳をエンカクに向けた。
「それを向けられた貴方が、いままでどういった対応をなさっていたのかと。参考として、ご教授頂きたかっただけです」
そう言うと、白い装束の裾をきっちりと直した男はそのまま立ち上がった。サンクタに特有の光輪が黒い軌跡を描く。そしてそのまま、振り返りもせず宿舎の一室を出ていった。
「……お前と同じだ」
呟いて少しの間を置き、エンカクもまたソファから立ち上がると、部屋を後にする。甲板にでも行ってひと眠りしようか。