憂う

「神はすべての人に救いを与えるが、救いとはなんだろうか。それがわかるか?」
「どうしたんだよ? 急に」
「戯れに、貴様の考えを聞きたかっただけだ」
言峰は口元に薄く笑みを貼り付け、いつもの笑っているのかいないのかわからない視線を俺に投げた。俺は宗教者でもなんでもないのに。心の中で独り言ちながら、長椅子に背を預けて口を開いた。
「そりゃ、その人がやってもらって嬉しいこととか……困ってることを解決してやる、とか」
答えに自信などないが、言峰が微笑んだまま目を閉じて、ふ、と息をつくのを見ると嘲られた気になった。苛立つ。どうしてわざわざこんな質問をしてくるのだろうか。
……どうせ、答えは教えてくれないんだろ?」
「よく判ったな。褒めてやってもいい」
「アンタに褒められても、ひとつも嬉しくないぞ」
彼の性根からして、こういう答えのほうが嬉しいだろうと解った上で返事を投げる。ところがその表情を伺うと、なぜかそこから笑みが消えていて、どこか思案するように虚空を見つめていた。珍しいな、と思う。
「言峰?」
……答えなどない。他でもない、私が探し続けてきたのだからな」
……どうしたんだ?」
乾いた唇がぼそぼそと言葉を紡ぐのがわかったが、何についてどんなことを言ったかまでは判然としなかった。少し顔を覗き込んで声をかけると、その視線だけが動いて俺のものとぴったり合う。それはいつもの無感情な瞳だった。
「食事でもしに行くか」
「金輪際、アンタとは飯なんか行かない」
そう言うと、言峰はまた瞑想するように目を閉じて口元を緩めるのだった。