なんでもない休日に、なんでもない用事で外に出て知人に遭遇してしまう。それもいままで生活圏が同じだと認識していなかった相手だ。そんなことはフィクションにしか存在しないと思っていた。
「……いや、お前ずっと別の路線で帰ってたじゃないか」
「あー……そりゃな、ちょっと理由があって……」
たいした理由じゃないんだけどさ、と言い澱むのがどうもあやしい。そもそも何に対して疑っているのかという話でもあるが。
「……最近越してきたんだ。こっちに」
「ん……? それだけか?」
「それだけかってなんだよ」
アルバートは不満そうに口を尖らせる。そして先ほど自動販売機で買った炭酸ドリンクの缶を気持ちのいい音とともに開け、一気にあおるように傾けた。つい喉仏に視線を奪われつつ、向けられた疑問に答える。
「言いにくそうだったから、もっと深い理由かと思った。そもそも、引っ越してきたなら言えばいいのに」
「……別にいいだろ」
さすがに一気飲みとはいかなかったようだが、ふは、と彼は息を吐いて、吐き捨てるように言った。ぶっきらぼうな返答でもその声は若干小さく、俺の言ったようなことを彼自身理解しているゆえの返答と取るべきか、何か不快さを抑えていると取るべきかはわからなかった。
「この前言われたこと、考えたんだが」
缶の中身を今度こそ飲み干して、少量口の端からこぼれたものを手の甲で掬う。まさかここでその話題を蒸し返されるとは思っておらず、驚きに声を出しそうになるも喉元で呑みこんだ。この前言われたこと。もちろんあの思い出すのも恥ずかしい、誓いというにはあまりに意味不明で独り善がりな宣言。アルバートは言葉を選んでいるように、手に持った空き缶をぺこぺこと凹ませたり戻したりしていた。
「……というか、いままで言われたこと。お前は結局、俺のことを……どう思ってるんだ」
視線は合わない。ずきりと胸が痛んだ。どう思っているのか、という疑問はもっともだ。この関係がただの職場の同僚なのか、はたまた友人なのか。それとも、それ以上の感情を持っているのか。もっともだと感じつつも俺自身は、そんなこと考えたこともなかった。喉が渇く。俺も何か飲み物を買うべきだった。
「……わからない」
「はあ? お前……」
「変な夢ばかり見て、なぜかお前のことだけが頭から離れなくなって。たぶん俺は、おかしくなっていったんだと思う」
若干掠れた声に、缶の凹む音が控えめに響く。何かを言いかけたのだろうが、彼はただ黙っていた。
「俺から離れてほしくない。そう思うようになった」
「……意外と重いよな。お前」
「ほっとけ」
なんだか自分でも重い言葉を口にしてしまったのがわかったので、誤魔化すようにふざけた調子で言うと、おもむろに彼は立ち上がる。
「あのさ、今度うちに来ないか」
「へ?」
「なんて声出してる。遊びに来ないかって言ってんだよ」
「いや、経緯がよく……」
「今度の休みだ。どうせ暇だろう? じゃあな」
そのまま自動販売機の横にあるゴミ箱に空き缶を放ると、アルバートはさっさと歩いて行ってしまった。最後まで表情が見えなかったのでその真意がわからず、ただベンチには呆然と口を半開きにした男が残される。もう消えてしまった背中の残像に、少しだけあの闇の戦士と名乗った姿を重ねつつ、俺はしばし目の前を過ぎていく人々を眺めていた。