さやかに風がそよぎ、森の木々がつけている葉を揺らす。その音が聞こえるほど周囲は静かで、夜の森は少し恐ろしいが、これはこれでよいものだと思った。魔物に襲われることがなければもっとよいのだが。とは言えども、今夜は大きめに作った焚き火のおかげか近づくものもなく、本当に静かだった。
布を下敷きに座り、火に新しい薪をくべながら、ローレシアの王子はひとり思う。この旅に終わりはあるのだろうか。かつてロトの勇者と呼ばれた人物はその時代で巨悪とされていたものを、あるいは仲間と、あるいはひとりで打ち倒したのだという。きっと彼らの辿った道のりのように、この旅の果てにもまたそうした結果があるのだろう。そうすべきだ。などという漠然とした思いがあるが、本当にそうなのだろうか。
焚き火の周りには彼と同じくらいの歳の少年と少女が安心しきったようすで、それぞれ布にくるまって寝息をたてていた。彼らは自分のことを信頼しているからこそ、こうしてしっかりと休息をとることができている。初めて野宿をしたのはまだ男ふたりで旅をしていた頃で、あれは崩壊したムーンブルクを越えてラーの鏡を必死で探していたときだったか。あのときも森の木々に隠れて、互いに交代で見張りをして過ごした。思えば結構前の話だが、なぜか鮮明に思い出すことができる。
また弱く冷たい風が吹いて、細い枝がさわさわと揺れた。なんだか噂話をしているみたいだ。たまにローレシアの城から出ると、少女たちが自分を見て噂していたのを思い出す。もうずいぶん遠くにきてしまった気がして軽く身震いした。
「……ん……」
隣で眠っていた片方が布の中でもぞりと動き、目を擦りながら上半身を起こす。そして呑気にふわあと欠伸をした。未だ眠っている少女を起こさないよう、小さな声で言う。
「……そろそろ代わろうか? 見張り……」
「そんな寝ぼけ眼で何言ってるんだ」
「だけど……きみも寝たいだろ」
眠ったほうがいい、と言ってこないのは性分なのかある種の優しさなのか。まだ周りは暗く、夜明けまでは長くかかるだろう。彼の言うとおり、このあたりで休んでおいたほうがいいかもしれない。
「大丈夫だ。いざとなったら、ふたりのことはぼくが守る」
「……言うようになったな」
へへ、とサマルトリアの王子は腑抜けた顔で笑った。皮肉のつもりだったが届いているのかいないのか。彼の言葉に従って敷いていた布に包まると、ローレシアの王子は深く息を吸って目を閉じた。ぱちぱちと爆ぜる音と、木々の囁く声。すやすやと眠る少女の呼吸。いまはそれだけが彼の世界だった。