それなりに色々な経験をしてきてはいるが、まさか男として生きていてこのような瞬間があるとは予想していなかった。こちらから見下ろす端正な顔はどこか恍惚として、俺としてもさすがに好いている相手のそういう表情は、こう、胸にくるものがある。その男に咥えられたそれは、そんな俺の感情に反応してびくりと震えた。男は微笑むように目を細めると、ひときわ強く吸った。当然拙い調子ではあるが、俺がいつも甲斐甲斐しくしてやっているのをちゃんと覚えているのもあるだろう、幾分か良い調子だ。彼もそれを感じているのだろうか、どうも嬉しそうだった。
「いや、待て……ちょっと、」
ぐぐ、と喉奥に呑み込んでいく。それはさすがに俺ほど慣れていないと、って俺はなにを考えているのか。案の定男は軽く咳き込んだ。頭を掴んで離してやる。少し涙目になった顔で、彼はゆるく勃ち上がった俺自身を見た。
「……申し訳ありません……」
「誰に言ってんだ、誰に」
肩を抱き寄せ、いつも通り俺が下になるように体勢を変える。戸惑うように瞳を揺らしたウリエンジェは、崩したバランスをとるためベッドに片手を突いた。その視線が俺の胸へと落ちる。それからはたと目があった。
「どうした」
「……勃つ、のですか」
「は?」
静かに呟いたかと思うと、きゅ、と細長い人差し指が胸の頂きを押さえるように触れた。弱い電流が走ったような感覚。
「ひっ」
声が洩れ、反射的に肩から手を離して口を塞ぐ。それはあまり思い出したくない若気の至りの賜物だ。おかげで擦れにくい特殊な素材の下着を使わなきゃいけなくなった。
「此処も……」
どうも奴はそれに興味があるらしい。というか、この様子からするとそれが性感帯になりうることすら知らなかったようだ。
親指がそこを捏ねるようにぐにぐにと弄くり回し、少し乱暴なくらいなのが逆に性感を煽る。塞いだ口の中で喘ぎながら、空いている方の手を伸ばした。
「ん、んん……っ」
「気持ち良い……ですか?」
おずおずと尋ねてくる様子は行為に不釣り合いなほど真剣で、とても30がらみの男とは思えなかった。本当によほど人と関わらずに生きてきたのだ。俺とは違って。いまはそんなことを考えている場合でなく。仕方なく口から手を離して抗議した。
「いい、から……離せ……!」
生理的な涙の滲んだ目で睨むと、ウリエンジェははっと我にかえったように俺の胸から手を離した。息が荒い。最近そこは使っていなかったが、どうもまだまだ現役らしい。自分でもしっかり勃っているのがわかる。指が離れたら離れたで、剥き出しのそれは存在を主張し続け、彼は一度俺と目を合わせると再びそこに視線をよぎらせた。改めてその視線を感じると、どうにも恥ずかしい。そしてあろうことか、男はその使い道のない乳首の片方を口に含んだ。
「お、いっ……んぁ、く」
唇で挟まれ、舌で弄ばれ、時折出やしないものを吸われる。頭がおかしくなりそうだ。ウリエンジェはそのまま俺の股に手をやると、すっかり硬くなったそれを細い指で撫でた。彼がどんな顔でいるのかわからない分、色々と無駄に想像を掻き立てられる。いままで恋愛になんかまったく関わりのなかった男が、どんな顔で俺の身体を貪るのだろう。むろん初めての性行為ではないが、こうしてひとつひとつ違うことをするたびに、表情を見るのが好きだった。
「ウリエンジェ……」
込み上げてくる快楽に耐えながら、宥めるように鈍色の髪に指を通した。その指先で長い耳を撫でると、ぴくりと反応する。何をなさるのです、とでも言いたげな金色の視線が伸びてきた。そりゃ、俺だけがこんな風に触られるのは不公平だ。ましてやずっと隠してきたつもりの部分に触れられて、黙っているわけにもいくまい。
「っふ、」
仕返しとばかりに、乳首に甘く歯が立てられる。舌より鋭い刺激に、出そうになる声を抑えた。それで満足したのか、彼はようやく俺の胸を解放するとはふ、とひとつ息を吐いた。
「……知りませんでした。其処が性感帯に成り得るとは……」
「いいから」
どうやら本当に知らなかったらしい。頭でっかちなくせに、まあ分野が違うのだから当然か。それにひきかえ俺は無駄な知識ばかりを蓄えて、などと思わなくもない。その知識は基本的に実用的なものばかりだから害はないのだが。
ちゅ、と音を立てて唇が重なる。先ほどまで赤子のように乳首に吸いついていた唇の、その中から舌が伸びてきた。こちらはもうずいぶん習熟したものだ。
深く口付けながら相手の首に腕を回すと、呼応するように手が背中をなぞり臀部へ辿り着いた。
「ぐ……」
本来入口ではないそこに異物が入ってくる感覚は、なかなか慣れるものではない。ただ最初のうちだけだ。キスと同じで最近は彼もわかってきたようで、教えてやった甲斐があったと思う。中指が少しずつ内壁を解し、やがて中の気持ち良い部分を探り当てた。
「は、……!」
「……大丈夫ですよ」
「何が……」
「声を上げようと、私のほかは聴き得ません……から」
なんだか悪役のような台詞だが、気にしてくれてはいるのだろう。しかしこの宿、そんなに防音性高かっただろうか。中を暴かれながら、一抹の疑問が脳裏を過った。
「術を、施してあります」
「……お前、っ……ぅあ」
指が抜ける感覚に、軽く身体を震わせる。思わず声が出て、目の前の男は口元を緩めた。ぎらりと薄闇に輝く瞳は、時折末恐ろしく感じる。
「……存分に……」
ぽつりとそれだけ呟き、奴は俺の唇を奪った。続く、先程解された場所への圧迫感。少しずつ、指とは比べ物にならない質量のものが入ってくる。何度やっても痛いが、こればかりは仕方のないことだしウリエンジェも気遣ってくれる。繋がった唇の奥でくぐもった声をあげると、唇が離れる代わりに宥めるような指が愛おしげに俺の髪を撫でた。
「はぁ…….あ、っ」
「く……」
ずくり、と俺の中に入ってきたそれが脈打つ。太腿がぴたりと触れ、完全に繋がったのだと理解して、ひとつ息を吐いた。わざわざ口に出すことなどないが、この少しの静かな時間がたまらなく好きだ。とても刹那的で、すべてを忘れてしまう前の短いひととき。
ウリエンジェもまた熱っぽく息を洩らすと、俺の首もとにキスを落とした。擽ったい、と感じた瞬間に抽送が始まる。
「ぁ、んん…….っく、あ、あ……!」
言われたからというわけでないが、声を抑えることができなかった。なんだかいつもより気持ち良くて。色々なところを弄られたからだろうか、というかそれしか思いつかない。なるほど前戯というのは確かに必要なのだと、ともすれば手放しそうな意識のなかで考えた。
「……っ、サンクレッド……」
吐息の隙間で呼ばれると、なんとも言えない快感が身体を巡る。たぶん彼も意識していないのだろうが、いつもそうだ。気持ち良いときは、こうして意味もなく名前を呼ぶのだ。俺はただ伸ばした腕を広い背中に回し、その身体を引き寄せる。体温が直に伝わると、安心感があった。口に出せたことはないが。
そうしている間も休みなく奥を突かれ、その度に自分のものと思えない声が洩れる。首筋にかかる息も次第に荒くなり、限界の近いことを表していた。思わず腕の力を緩めると、唇に噛みつく勢いで口付けられる。
「んむ、っ——!」
驚きに力が抜け、俺はそのまま呆気なく達してしまった。少し遅れて、中に注ぎこまれる感覚。特有の虚脱感とえもいわれぬ幸福感。抵抗しようもなく胸がいっぱいになる、なんとかそれから逃げようと瞼をきつく閉じた。幸せすぎることは恐ろしい。
「は、ぁ……ああ……」
ふう、と解放された唇から息を吐き出す。強く感じた恐怖がそれとともに抜けていくようで、俺は薄く目を開けた。生理的な涙で滲んでいたせいで、部屋が暗いこともあり前がほとんど見えない。彼はいまどんな顔をしているだろう。このときばかりは何度経験しても、顔を見ても、飽きることがない。呆けたように俺を見ていたり、疲れを残した顔でふっと笑ったり、日によって違うからだ。
「……ウリエンジェ?」
「はい……」
「顔、見せてくれ」
「……御意に」
近づけられた瞼は少し伏せられていて、頰が上気しているのが暗がりでもわかる。唇はやわく結ばれ、瞳が上目遣いに視線を合わせてきた。
「……くく。照れてるのか」
「そのようなことは。ただ……少々、申し訳なく……」
珍しく語尾が消えていく。まあ、確かに今日はこいつも色々とやってくれたからな、と思うも触れないでおくのが優しさか考えつつ、鈍色の髪をさわさわと撫でた。
「後始末も頼むぞ」
「それは……ええ、お任せください……」
ただ静かに夜は更けていく。細い指が滲んだ涙を拭い、擽ったさに笑った。