なんの変哲もない関係

今日のぶんの修行が終わり、皆でいつも通り食事をして、順番に汗を流す。女性のアクアが一番最初で、二番目はヴェン、次いで俺、そしてマスターが最後だった。まだ少し水分を含む髪に触れながら、自分がにわかに微睡んでいるのを感じる。風呂に浸かると眠くなるのは人間の摂理だ。それがきっちり運動したあとならばなおのこと。もう今日はさっさと休もう、と自室の扉を開ける。
……ヴェン?」
ベッドの上で薄い布団にくるまりすやすやと眠る少年は、紛れもなく弟弟子のヴェントゥスだった。一瞬あまりの眠気に部屋を間違えたかと思ったが、部屋のつくりは誰のでも似たようなものでありつつ、置いてあるものは違う。間違いなく俺の部屋だ。ならば考えられるのは——ヴェンが部屋を間違えた。彼はまだ幼いし恐らく性格的に少し抜けているところもある。そういうこともあるだろう。
やれやれと溜め息をつきながら、ベッドに腰をおろした。俺に比べたらヴェンはまだまだ小さいが、さすがに一人用のベッドで一緒には寝られない。しかし健康的に上下する身体を見ていると、なかなか起こしづらいのも事実だった。無造作に跳ねた髪に指を通すと、少し湿っている。仕方のないやつだ、と思いつつ頭を撫でてやると、少年は軽く寝返りをうった。
……ん」
身体ごと首を巡らせたかと思えば、柔らかい頰が手のひらに擦りつけられる。それは小動物がするような動作で、子どもらしい体温が伝わってきた。たったいま風呂に入ってきたばかりの俺よりも温かい気がする。遅れて、ふわりと良い香りがした。
綺麗だ。美しいとすら思う。来たばかりの頃は虚ろな瞳で、使い古され捨てられた人形のようだった彼が、いまはこんなにも無邪気に眠っている。しかも間違えたとはいえ他人の部屋で。
……ぅ、んん……マスター……?」
無意識に撫でつづけていた髪がもぞもぞと動く。それに驚いて、あ、と俺は間抜けな声をあげてしまった。
「起こしてしまったか。すまん」
いや、というか部屋に侵入されていたのは俺なのに、なぜ謝っているのだろう。などと考えなくもないが、瑣末なことだった。理由がない限り年下には優しくするものだ。ヴェンは横たわったまま、夢うつつに半分だけ目を開いていた。
「あれ……テラ? なんで……
「なんでじゃない。ここは俺の部屋だぞ」
しばしそのひどく眠たげな表情のまま、ヴェンは自分の状況を飲み込もうと時折目を瞬かせた。しかし彼は横になっているので、周りの様子はあまり見えない。そのうち眠気に耐えかねたのか再び目を閉じてしまった。
……いいや。おやすみ……テラ」
「おい、俺は良くないんだが……ヴェン?」
ほどなくして健康的な寝息が聞こえはじめ、やたら寝つきがいいなと思ったが、まあ修行のあとでもあるし相当疲れていたのかもしれない。と言いつつ、俺もいい加減本格的に瞼が重くなってきた。
仕方がないのでいつもより狭いベッドに身体を横たえると、ヴェンが巻いている布団ごと身体をすり寄せてくる。本当に寝ているのか。疑問に思いながら、その肩に片腕を回して抱いてやった。実際この状況ではこうしたほうが寝やすい。
温かい、と改めて感じる。暑くも寒くもない温度の中で、それは確かに少年がここにいる感触だ。ヴェントゥスという少年は、いったい俺にとってどういう存在なのだろう——一瞬湧いた疑問は、意識ごと眠りの暗闇へ呑みこまれていった。