文章

汚れないでほしい

「もったいないよ」 「…何が?」 「この髪。戦場って、埃とか破片とか、たくさん散るだろ」 涯の金糸のような髪の一房に指を通し、少し見惚れる目をして集は云った。

曖昧にしたままで

好きになどなってやるものか。首筋にひりつくような痛みを感じながら、その箇所から喉へせり上がってくるものをごくりと呑み込んだ。ややあって俺の項から唇を離した言峰は、細い指の一本一本から手のひらで俺の頬に触れて、笑った。俺はいま、とても嫌そうな顔をしているだろう。言峰がこういう人間だとは知っていたはずだが。

できるなら口にするのはやめてほしい

完全に油断していたために右腕を絡めとられていて動かせない。まさにされるがまま、という状況だった。誰だってそうだろうが、こうなるのは決して好きではない。 「……どうしてそんなに固いんですか」 「当たり前だろ」 「わかりません」

やさしさを押しつけ合う

乱雑でも優しげな撫で方は、彼の根本の性格を良く表していた。 「大丈夫、平気さ、ナイン」 名前を呼びながらも、低く呟いたそれは自分に対してだけの励ましではなかった、とナインは思う。だからこそ悔しかった。

読まれているのか

「綺礼」 彼の声はいつだって愉しそうだ。羨ましいと思ったこともあるが、所詮その程度の感情のままいつしか忘れた。一瞥すれば彼はにやにやと笑みながら手招きをしていたから、綺礼は何も見なかった振りをする。

出会ってしまった

※綺礼の歳が中学生くらい(という設定が一応ある) こういうものを綺麗と云うのだろうな、と目の前の光を見て綺礼は淡々と思った。頭に乗った手は生温かく、ヒトの体温を伝える。こんなに人間離れした外見をしているのに。 「可愛げのないやつめ」

ハイリスクハイリターン

彼女が無表情じゃないところをそのとき初めて見た。形の良い唇を震えさせて柔らかそうな頬を赤くして、なんとなく伊波さんに似てたと云うことは彼女には黙っておくべきか。恋する乙女なんて似合いもしない。

終わりのない自己分析とか

子供の頃に一度だけ、もしかしたら自分は人間ではなく悪魔なのかもしれないと思い、親の部屋から密かに持ち出して聖水を頭から被ったことがある。ただやはりそれは自分に対してはただの水であり(悪魔なんてものが現世にいるかは定かでないからそれが聖水なのか正確ではないが)、被れば体が濡れるだけであった。