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眠くなるまでに

叢雲劾は性別的には女であったが、背は高くどちらかというと男っぽい顔つきで鋭い眼光を持ち、おまけにサングラスを常用していたので、ほとんどそうは見えなかった。彼女は身体のラインのことを考えてもそう女性らしいものを持っていない。

気づかないふり

微睡む耳に、か細い歌声が聴こえる。たぶん無意識なのだろうそれは、あまり上手なものではなく、メロディ自体はゆったりと優しい。声が小さいので、歌詞まではよくわからなかった。誰の声だろう、と寝ぼけた頭で思いながら、まだ目は開けずに記憶を探る。

complex

全部もっと単純だったら、こうまで考えずにいられただろうに。 と、信じるようになってから、それを踏まえてやつと生活するようになってから、どのくらい経ったのだろう。なんて思う時がある。まったく思い出せないが、まあ、記憶なんてそんなものだと思う。

構ってください

あのさ、とジェスが徐に言うので振り向けば、彼はオレに向かって両手を広げていた。 「なんだ、それ」 淡々と尋ねれば、露骨に嫌な顔をする。やっぱり子供だ。

涙と彼

蒼い瞳の端に涙が浮かんだのを、シンは見逃すわけにいかなかった。それが自分のせいであると知っているからだ。自分がそばにいるせいだと、気づいているから。 「歪んでるよな」

きみの静かな鼓動はこんなにも愛しい

その男はただ、俺の胸に抱かれて泣いていた。ごめんなさい、と譫言のように呟きながら。掠れてしまっているそれは、そのまま心臓に刺さって痛い。彼や、その周りで起きたことをすべて理解しているわけではない俺でもそう感じてしまうほど、悲痛な声だった。

触れあうことには意味がある

手のひらで包みこむように頬に触れると、そこから気持ちが伝わってくるような気がする。それは自分がニュータイプと呼ばれる分類の人間だからなのか。でも気がするだけなので、どうだろう、と思う。それでも彼はたぶん、寂しがりだ。

いまは見えないもの

手を引かれたような気がした。実際には誰もそんなことはしていなかったのだが、確かに感触があったのである。軽く心霊現象だと思った。けれど、決して冷たい感触ではなくて、それのためにどうしても戸惑ってしまう。いったいなんだったのだろう。