~2016

2016年までに書いたもの

 

  • そこに涙がありませんように

    さむい、とマヤが呟いた。ので仕方なくコートを被せてやると、彼女はありがとうと屈託なく笑った。 「面白いな、お前らのやりとりは」 キリシマの声がしたので振り向く。

  • 変わらない笑顔を添えて

    教室において、窓際というのはだいたいの場合、所謂ミステリアス系のヒロインの座っている席だ。それは一番後ろの列であることが特に多いが、彼がついていた席は後ろから二番目の列の窓際であった。

  • 迫る明日がもっと鮮やかであるように

    千早群像は結局、どこまでいっても少女にすぎないとイオナは思う。甲板に立つ後ろ姿を眺めながら。

  • いつかあなたに触れるから

    宇宙は広い。たまに窓の外を見るけど、どうしてもそれを実感すると寂しくなる。そこには何もない。自分が生きていける場所はここにしかないのだ。気の遠くなるほど大きな宇宙に比べれば、目を凝らさないと見えないくらい小さな、ここにしか。その中で俺は、悩みを抱えて生きている。ちっぽけな劣等感。

  • やがて世界を満たすでしょう

    あらためて視線を合わせると、すごく気恥ずかしい。そもそもずっと前から思っていたことだが、こいつの瞳は綺麗すぎると思う。吸いこまれそうな緑色。性格から考えればなんの不思議もないことではあるが。 「それで、どうするんだよ、この状況」

  • 少しでいいから見ていたいと思ったのだ

    「自覚がないっていう自体が、一番恐ろしいことだと思うんだよね」 「なんだ、突然」 「ちょっと思いついただけだから。きみは気にしなくていいよ」 「意地の悪いやつだ」 「ひどいなあ」

  • どうせなら命をかけて

    耳元で、かちり、と金属の冷たい音がした。引き金をひいても弾は出ない。もともと入っていなければそれはそうだろう。 「……あー……」 わかっていた。わかってはいたが、どうしてかやってしまったのだ。

  • 痛みにならなければいい

    夢を見た。いつもの夢じゃなく、かといって良い夢でもない、どちらかといえば最悪な夢。

  • 伏せた瞼に口づけを

    暗くなった夜の中、月の光のせいか気持ちよく寝こけている顔がなんとなくとても憎らしく思えて、その頬に唇を重ねる。んん、と小さく呻きながら寝返りを打とうとするので、今度は彼自身の唇に重ねてやった。目を覚ましてしまえ。早く。

  • どうしたって永遠なのだから

    「だったら、やっぱり今が正しいんじゃないかな」 明るい空を見上げてジョナサンはそう言いながら、大きな花が咲くように笑った。そうだろ? と問いかけてくる目に、ディオは眉間に皺を寄せる。どうしても彼には、今のこの生活が正しいものかどうかわからないのだ。

  • 同じ道を歩んだ僕らだから

    「いいじゃないか、別に」 あまりに簡単に言うものだから、もう少しで怒りに任せ手を上げてしまうところだった。オレがどれだけ悩んでいるかわかって言っているのだろうか、こいつは。女性陣に訊くのも気が引けるし、もちろんロウや劾などにそういった話が通じると思えるわけもなく、必然的にこのイライジャ・キールしか残っていなかったのだ。

  • 沈む今日のメカニズム

    「……美しい」 「だろ?」 水平線に沈んでいく夕陽は、何度めに見るものであっても感想は同じであった。得意げに笑うロウに、劾はふっと微笑む。

  • その温もりに眩暈がするの

    「それ、セクハラですよ」 そう言うと彼は露骨に嫌そうな顔をした。だからって情状酌量もなにもない。 「でもよお」 「だめです」

  • それ以上の幸福がありましょうか

    「おれがあなたを好きで、……あなたが、おれを好きで」 それだけだったら。 伸ばした両手がしばし宙空を彷徨う。ただ、いつも何を考えているのか、わかるようでわからない瞳がそこにあった。

  • 意味なんてないキスをしよう

    いつもまっすぐに見つめてくるあいつの目が閉じられている。こうも近くにいながら、まあオレはそのほうがやりやすかったりするが、何とも言えないような気になった。やつはオレを待っているのだ。

  • 眠くなるまでに

    叢雲劾は性別的には女であったが、背は高くどちらかというと男っぽい顔つきで鋭い眼光を持ち、おまけにサングラスを常用していたので、ほとんどそうは見えなかった。彼女は身体のラインのことを考えてもそう女性らしいものを持っていない。

  • 思えば、意味もない

    「初めて会ったのって、いつだっけ」 「忘れたな」 「歳か」 「私はまだ34だぞ、それと自分を棚に上げるな」

  • 気づかないふり

    微睡む耳に、か細い歌声が聴こえる。たぶん無意識なのだろうそれは、あまり上手なものではなく、メロディ自体はゆったりと優しい。声が小さいので、歌詞まではよくわからなかった。誰の声だろう、と寝ぼけた頭で思いながら、まだ目は開けずに記憶を探る。

  • complex

    全部もっと単純だったら、こうまで考えずにいられただろうに。 と、信じるようになってから、それを踏まえてやつと生活するようになってから、どのくらい経ったのだろう。なんて思う時がある。まったく思い出せないが、まあ、記憶なんてそんなものだと思う。

  • 構ってください

    あのさ、とジェスが徐に言うので振り向けば、彼はオレに向かって両手を広げていた。 「なんだ、それ」 淡々と尋ねれば、露骨に嫌な顔をする。やっぱり子供だ。

  • 涙と彼

    蒼い瞳の端に涙が浮かんだのを、シンは見逃すわけにいかなかった。それが自分のせいであると知っているからだ。自分がそばにいるせいだと、気づいているから。 「歪んでるよな」

  • きみの静かな鼓動はこんなにも愛しい

    その男はただ、俺の胸に抱かれて泣いていた。ごめんなさい、と譫言のように呟きながら。掠れてしまっているそれは、そのまま心臓に刺さって痛い。彼や、その周りで起きたことをすべて理解しているわけではない俺でもそう感じてしまうほど、悲痛な声だった。

  • 触れあうことには意味がある

    手のひらで包みこむように頬に触れると、そこから気持ちが伝わってくるような気がする。それは自分がニュータイプと呼ばれる分類の人間だからなのか。でも気がするだけなので、どうだろう、と思う。それでも彼はたぶん、寂しがりだ。

  • いまは見えないもの

    手を引かれたような気がした。実際には誰もそんなことはしていなかったのだが、確かに感触があったのである。軽く心霊現象だと思った。けれど、決して冷たい感触ではなくて、それのためにどうしても戸惑ってしまう。いったいなんだったのだろう。

  • どこまでも想いは同じものらしいが

    うるさい男だ、と思う。例えるなら奴はブラザーコンプレックスの兄(それ自体を実際に見たことはないが)のようだ。そう直接言ってやったら、至極悔しそうにしていた。

  • 愛のかたちは

    ちゃんと両腕で抱きしめてみると、彼の身体の小ささがわかる。お前って意外と小さいんだな、とついそのまま零してしまったときは当然拗ねられたが、まだ若くはある俺からしても彼くらいの子はそれでいいと思う。何より可愛いし。

  • 広がる青と

    全身に風を感じながらバナージは、速さに負けそうになる腕でしっかりリディの胴を抱く。何度か彼のバイクの後ろには乗せてもらったことがあるが、こうもスピードを出して走ったことは一度もなく、新鮮ではあっても少し複雑に思うところがあった。今日はどこに行くんです、と聞けば、海だという。

  • ひとりでは寂しい生き物だから

    少し長めの話 /目を覚ます。……俺は、何をしていたのだったか。薄く瞼を開くと、霞んだ視界の中に、無数の光が視えた。なんの光だろう。思わず手を伸ばして、ここがモビルスーツのコクピット内であることにやっと気づいた。

  • 平行線を辿る僕ら

    怨みがないわけではない。しかしそんなものはとっくのとうに擦れ削れて消えてなくなってしまったのであるし、そのことについて今さら何か言うというのもおかしい話だった。

  • 人工的な温もりに

    「お前ってさ、顔だけはいいんだよなあ」 マフラーに唇を埋めながら言うものだから、聞きのがすところだった。彼はもとよりそれが狙いだったらしく、私が返事を寄越せばとても不満げな顔をした。まったく素直じゃないやつだ。

  • 不安定なやくそく

    「……ん」 唇の間からどちらのともとれない吐息が洩れる。ただ、唾を呑みこんだのはクワトロのほうだった。アムロという男がこうも積極的なのを見たのは、彼にとって初めてのことだったからだ。

  • その理由

    明瞭にすぎる瞳を見たくなくて、体ごと目を逸らした。酒が入ったって変わりはなく、やはり何も通さない彼の瞳は危険だ。仮面だってサングラスだって、何かを通したとして結局は変わりないのだが。

  • きっと、ずっと前から

    時々にしか触れ合えなかったころ、感じていたあの独占欲をふいに思い出した。彼の笑顔も、涙も、いまだに若い生真面目さをもった瞳も、いまは自分の隣にある。いやむしろ、だからこそだろうか。

  • 凭れる

    今日は疲れた、と零して背中にのしかかってくる男の体重はとても軽く感じた。以前何度かは地球に住んでいた時期があったが、こういう風に他人と触れ合うのは、ひどく懐かしいことのような気がする。

  • その白はまるで

    「……雪だ」 静かな部屋に呟いた一言はいやに大きく響いたように思えた。そのせいか腰のあたりで彼がもぞりと動いて、少し擽ったく感じる。起こしてしまったか。

  • おとなとこども

    Z軸でシャアムっぽい /「僕はあの人ほど、貴方を知りませんけど」 頬杖をついて云うと、何故か寂しい気になった。本当は関係ない話だから当たり前のことなのに。 「……きっと。そんなの、小さなことだと思いますよ」