巡り合う

強い風が癖のある髪を揺らした。思わず目を瞑り、それが過ぎてからゆっくりと瞼をあげる。翳した手に花弁がついていて、軽く振って落とした。そうしてまた前を見て、呼吸の止まるような思いをした。
さらりと伸びた茶髪、変装のつもりなのか地味な眼鏡を掛けているが、レンズ越しにも鋭さの見える大きな瞳。細い眉に薄い唇。見間違えるはずもない。別れのひとつも告げられず、ただ記憶だけが俺の中に残っていた、それが彼だ。その男が、いつかの日とそう変わらない姿でそこにいた。
「待っ……
なにかが喉をふさいで、言葉を詰まらせる。それでも出した声は届いたらしく、彼はこちらを見た。先の強い風のせいではらはらと桜が散っていて、幻想的な雰囲気を醸し出している。そんな風景を見て、俺は学生に戻ったかのような錯覚を覚えた。
そして、明智吾郎の顔をした青年は、ふっと口元に笑みを浮かべた。
……僕のことを、知っているんですか?」
色々な考えが頭を巡る。まず初めには人違い。その次には、彼の得意な皮肉。それからたちの悪い冗談。最後に——本気でこんなことを言っている可能性。ただ、どれも現実味がない。というより、あれから何年も経って記憶の中に押し込んできたものを目の前の男に無理やり引っ張り出されて、何かの見間違いだと思わない方が難しい。
今日はモルガナも家に置いてきてしまった。いまごろは暖かくなってきた陽の光を浴びて呑気に過ごしているだろうか。なんて現実から逃避する。
「すみませんが、急いでいるので」
彼はあっさりとそう言って、乾いた笑みを残して立ち去った。さっきの言葉はどういう意味だったのだろう、ひとり残された俺はしばらく、そのことを考え続けていた。